top of page
  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

レヴィット・ラナ・ヤンセン

クラシックディスク・今月の3点(2021年9月)


「オン・DSCH」

ショスタコーヴィチ「24の前奏曲とフーガ」

スティーヴンソン「DSCHによるパッサカリア」

イゴール・レヴィット(ピアノ)

セッション録音のデータ、ショスタコーヴィチが2020年5月のベルリンで、スティーヴンソンが同年2月のハノーファーというのは微妙な意味を持つ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威をふるい、世界のコンサートライフに急ブレーキがかかる寸前と社会封鎖まっただ中という違いは、とりわけショスタコーヴィチの演奏解釈に少なくない影響を与えたようだ。レヴィットが「この熱さと直接性、純然たる孤独には、全くユニークな何かがあります。私にとって『24の前奏曲とフーガ』は、私のいちばん奥深いところにある問題を扱った、自己探求と自己発見の儀式なのです」と語る通り、ショスタコーヴィチは過去のどの演奏よりも身近なところで鳴り、微細な心の動きを伝える音楽として成立している。


スコットランドのコンポーザー&ピアニスト、ロナルド・スティーヴンソン(1928-

2015)が1960ー1962年に作曲した「パッサカリア」はショスタコーヴィチが自分の名前のドイツ語表記からDSCH=レ、ミ♭、ド、シの4音を組み合わせ、しばしば用いた音型を持続する低音部(オスティナート・バス)に用い、古今東西の音楽素材を載せた変奏を繰り広げる。スティーヴンソン自身が超絶技巧の持ち主だったため、かなり難易度の高い作品といえ、レヴィットも「ピアニスト」として真正面から向き合い、壮絶な演奏を繰り広げる。リリースのたびに紹介せざるを得ない、最も注目に値するアーティストがレヴィットだ。

(ソニーミュージック)


ショパン「12の《練習曲(エチュード)》作品25」「4つの《スケルツォ》」

ベアトリーチェ・ラナ(ピアノ)

1993年生まれのイタリア人ピアニスト、ラナ初のショパン・アルバムもレヴィットと同じく「COVID-19の世界」を反映したタイミングで録音された。ロケーションはベルリンのテルデックス・スタジオだが、「エチュード」はbeforeの2020年1月、「スケルツォ」はafterの2021年2月と、両者の背景に横たわる世界の光景は一変している。5年に1度、ポーランドのワルシャワで開催されるショパン国際コンクールも1年延期を余儀なくされ、間もなく本選が始まる。これに因んでか、ショパンの新録音が相次いでリリースされるなか、最も私が驚き、心をとらえられた演奏がラナだった。


2011年、18歳でモントリオール国際コンクールに優勝した実績が示す通り、ラナに備わった技巧は「問題ない」どころか「卓越している」。それにもかかわらず「エチュード」を指の技のエクスヒビションに悪用(abuse)する発想は皆無。「練習」の表題の裏でショパンが綴ったであろう様々な心象風景、音による日記の要素に様々な角度から光を当て、現代の聴き手にじっくりと語りかける。マウリツィオ・ポリーニが1972年に録音した歴史的名盤(ドイッチェ・グラモフォン)が刷り込んだ「超絶技巧の極致」とは全く異なる角度から、ショパンの真髄に迫る。「スケルツォ」もアプローチの基本は同じだが、語りくちは、より親密の度を増している。一番有名な「第2番」にも、コケ脅しの要素は微塵もない。

(ワーナーミュージック)

※amazonでは目下、配信音源しか見当たりません。


「12のストラディヴァリウス」

ジャニーヌ・ヤンセン(ヴァイオリン)、アントニオ・パッパーノ(ピアノ)

ヤンセンにとって6年ぶりの「Decca」レーベル新譜、2020年11ー12月にロンドンのカドガンホール(ロイヤル・フィルの本拠)でセッション録音。英国Sky Artsテレビとのタイアップ企画で、ヤンセンが12挺のストラディヴァリウスの銘器(多くに往年の弾き手である名ヴァイオリニストの名前が冠されている)を弾き分け、パッパーノの達者なピアノとともに15曲の小品を並べた。ヤンセン自身もCOVID-19に感染、様々な思いを抱きながらの仕事だったに違いない。ヴァイオリンの製作者、演奏者、その響きに魅せられた作曲家それぞれの歴史に愛情あふれる視線を注ぎ、巧みに小宇宙を描いていく。


私は英語版とは全く異なる内容で、日本盤ライナーノートを執筆した。ヴァイオリニストでも製作者でも楽器商でもない自分が内外のオークション・サイトに当たりながらヤンセンが手にした楽器一つ一つを特定、それぞれに関わったヴァイオリニストのバイオグラフィーを検索する作業には多大の時間を費やしたが、探偵物語のような感触もあり楽しかった。収録に立ち会ったわけでも実演を聴いたわけでもなく、楽曲それ自体の持ち味の違いもあるので「響きの違い」を指摘する行為は愚かにも思えたが、敢えて「スリムでミステリアス」「妖しい艶」といった素人の感想も、参考メモとして書き添えてみた。

(ユニバーサルミュージック)




閲覧数:261回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page