シャマユ&アンスネス・福原彰美・堀由紀子
- 池田卓夫 Takuo Ikeda

- 11 分前
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クラシックディスク・今月の3点(2025年11月)※URLはAmazonの購入サイト

シューベルト「4手のためのピアノ作品集」
ピアノ=ベルトラン・シャマユ(*プリモ)、レイフ・オヴェ・アンスネス(**プリモ)
「幻想曲」ヘ短調D940**
「アレグロ」イ短調《人生の嵐》 D947*
「ロンド」イ長調 D951*
「フーガ」ホ短調 D952**
1981年トゥールーズ生まれのフランス人シャマユと1970年ハウゲスン生まれのノルウェー人アンスネス。生まれ育った文化圏と世代が微妙に異なるピアニスト2人は2016年、アンスネスが主宰するノルウェーのローゼンタール室内楽フェスティヴァルで初共演したのを皮切りに、シューベルト最晩年の4手連弾曲のプロジェクトを展開してきたという。私も昨年、車を運転している時にヨーロッパのどこかの音楽祭で2人が演奏したシューベルトの「幻想曲」を聴き、あまりの相性の良さと深い音楽性に驚嘆した記憶がある。
2025年5月23〜25日、英国ロンドン北部ハムステッド・ガーデン・サバーブのセント・ジュード・オン・ザ・ヒル教区教会でのセッション録音では(当たり前だが)2人の演奏精度が一段と上がっている。何より1台ピアノ4手連弾を「簡単な家庭音楽(ハウスムジーク)」の領域とせず、シューベルト晩年の激しい精神の葛藤に2人のヴィルトゥオーゾ(名手)が渾身の力で立ち向かう対象と考えている点が素晴らしい。それでも無用な力みはなく、美しく見通しの良い音楽に仕上がっている点でも深く傾聴に値するアルバムだ。国内盤はSACDとのハイブリッド仕様。
(エラート=ワーナーミュージック)
ブラームスアルバムⅡ「若き作曲家の情熱、詩情」
ピアノ=福原彰美
ブラームス ピアノ・ソナタ第3番ヘ短調作品5
クララ・シューマン「シューマンの主題による変奏曲」作品20
若きブラームスの歌曲「帰郷」「ソネット」「エオリアン・ハープに」
ブラームス「主題と変奏(弦楽六重奏曲第1番より)ニ短調作品18b
2017年の「ピアノ小品集」に続く福原のブラームス第2作。2024年11月20〜22日に千葉県の浦安コンサートホールでセッション録音、ピアノにはベヒシュタインを使用している。14歳でデビューした「天才少女ピアニスト」だったが、15歳で渡米後は東海岸だけでなく西海岸でも研鑽を積み、帰国後は「ブラームスを演奏する」「ブラームスの真実」「ブラームスの150年」などの英文研究書の日本語訳も手がけるなど、学究肌の正統派の道を歩む。
ブラームス第1作のディスクが作品118、119など最晩年の作品中心なのに対し、第2作は若い時代のソナタと変奏曲、歌曲のピアノ・ソロ編曲に何かと関わりの深いシューマン夫人クララの変奏曲を組み合わせた。とりわけ「ソナタ第3番」の一貫して途切れない緊張と情熱、「弦楽六重奏曲第1番」に基づく変奏曲の真摯な語りくちを通じ、福原の並外れた「ブラームス愛」に魅了される。揺るぎない構築に、演奏家としての円熟を強く感じた。
(ACOUSTIC REVIVE)
「私の部屋のベートーヴェン」
ピアノ=堀由紀子
ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》、第21番《ワルトシュタイン》、第23番《熱情》」
堀由紀子は1980年に東京芸術大学音楽学部の大学院修士課程を修了、1986年にヴィンタートゥーア音楽院(現チューリヒ音楽大学)に留学、ソリストディプロマを得て通算12年間、スイスを拠点とした。1998年に帰国後はフェリス女学院大学音楽学部教授(現在は名誉教授)として後進の指導に当たる一方、国内外で演奏活動を続け、録音も行ってきた。
このディスクは「土壁の音響が素晴らしい」との理由で堀の自宅にコジマ録音が機材を持ち込み、長く弾きこんだスタインウェイで演奏したことから、「私の部屋のベートーヴェン」と名付けられた。木と粘土で音楽室を作ったのは堀の夫君、ハンス・ショル氏だという。2025年4月14日に《テンペスト》、22日に《ワルトシュタイン》、5月9日に《熱情》を収録。ブックレットにはプロジェクトを提案した友人、三橋康夫氏の一文も載っている。
今回のリリースに接するまで、全く不勉強なことに堀の演奏を聴く機会はコンサート、ディスクを通じ一度もなかった。《テンペスト》が始まった時点でも「大ホールを揺るがすほどの音量の持ち主ではなさそうだし、解釈も中庸そのものだ」くらいに思っていた。だが聴き進めるうち、堀の楽曲に対する深い視点と練り上げられた解釈、考え感じたことを適確に音へと変換する打鍵が明確に把握されていく。「これは一朝一夕には得られない練達の境地だ」と感心するに至り、すっかり魅了されてしまった。堀が書き下ろした解説文も学究の域を超え、読み物として実に面白い。まさに、セレンディピティー(予期しない幸運)である。
(ALM=コジマ録音)



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