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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

久保陽子健在! 黒岩悠との名古屋超絶技巧バトルを制覇


パズルみたいなプログラム

いきなり女性の年齢に言及するのもどうかと思うが、パガニーニの超絶技巧作品、無伴奏ヴァイオリンのための「カプリース(奇想曲)」のテクニカルな課題をすべてクリア、さらにアーティスティックな感銘を与える75歳のヴァイオリニストが世界に何人存在するのか、真剣に考えてほしい。奄美大島出身、いつも太陽のように輝かしく、おおらかな音楽で私たちを魅了してきた久保陽子の超絶技巧、陽性の輝きは今日も健在だった。2019年6月23日の宗次ホール、久保とピアニスト黒岩悠のデュオリサイタルを聴くためだけに名古屋を日帰りで往復した。


前半はブラームス。ヴァイオリンとピアノのための「ソナタ第1番《雨の歌》」と「F.A.E.ソナタのスケルツォ」の渋い組み合わせだった。「雨の歌」は2人の誠実で丁寧な職業倫理観が裏目に出たのか、あまりの慎重さが音程の揺れ、浅めの打鍵に表れ、いささかの隔靴掻痒感を残した。ただ、この折り目正しさは今日まれな美徳であり、舞台に立ち、過去の偉大な文化遺産を現代に再現する芸術家の矜持として、後に続く世代の演奏家にも見習ってほしいとの思いを抱いた。ソナタの重責を果たした安堵感だろう、単品のスケルツォは格段に闊達となり、ヴィルトゥオーゾ(名手)2人の丁々発止を満喫した。


後半のプログラムはトップ画像に掲載した通り、19世紀のヴァイオリン、ピアノそれぞれの分野で超絶技巧を極めたヴィルトゥオーゾ作曲家2人の世界、リストがパガニーニから受けた影響を久保、黒岩それぞれのソロを中心に探り、併せて演奏者2人が技を競い合うという実に興味深く、レアな並びだった。3日前にムジカーザでパガニーニの「奇想曲」を弾いた西村尚也は34歳だから、快刀乱麻も頷けるが、75歳の小柄な久保が西村と同水準のテクニックを維持、ベテランの至芸としか言いようのない熟した音楽性で客席を魅了する状況は、凄まじかった。


黒岩は久保のパガニーニとほぼ交互に、リストの「パガニーニ大練習曲」からの5曲を弾き、久々にヴィルトゥオーゾピアニストの真価を発揮した。テンションのコントロールさえ上手くいけば、これだけの演奏が可能なのだと、実力を再認識できたのは幸いだった。後半、2人の共演はパガニーニの「ヴァイオリン協奏曲第2番」の第3楽章「ラ・カンパネラ(鐘)」だけ。その前にはリストがパガニーニから編んだ「大練習曲第3番《ラ・カンパネラ》」が当然のように置かれていた。ある意味、かなり啓蒙的性格の強い演奏会だったといえる。


アンコールは「奇想曲第24番《主題と変奏》」を題材にしたラフマニノフのピアノと管弦楽のための作品「パガニーニの主題による変奏曲」から、最も人口に膾炙してロマンティックな第18変奏をヴァイオリンとピアノのために編曲した小品。これでパガニーニ→リストに加え、20世紀半ばまで生きたラフマニノフまでの名人芸、超絶技巧の歴史の流れが、一段と鮮明になった。素晴らしい企画と演奏に拍手!

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