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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

飯野明日香・ベザイデンホウト・伊藤恵

クラシックディスク・今月の3点(2020年4月)


「WANOKA 和の歌 日本の歌によるピアノ作品集」

飯野明日香(ピアノ)

前回のアップが3月のディスク。1か月間、1度もライヴのステージに触れることも、公共交通機関を利用することもないまま終わるのは初めての経験だ。幸い新譜リリースは続き、自宅で素晴らしい音楽に浸る喜びは確保されている、あるいは、平時より増したかもしれない。とりわけ、今まで聴いたことがない音たちとの出会いにはストレートな興奮を覚える。

中でも一柳慧の作品解釈で頭角を現したピアニストの飯野が、より若い世代の作曲家10人に対し民謡や童謡、唱歌、日本歌曲の名旋律を題材にした創作を発注、作曲家自身による曲目解説を添えたアルバムは秀逸だった。ゴールデンウィークが〝ごく短期〟と思えるほど長期の開店休業状態を授かってしまった今、多くの人々が繁栄の基盤の脆さを思い知り、自身の来し方行く末を真剣に考えている。SNSなどで幼少期の写真、人生に影響を与えた書籍やディスクのバトンを交換する動きも単なる懐古趣味ではなく、足元を見つめ直しながら、来るべき再起の日々に備えたいとの気持ちからだろう。


曲目一覧に目を通していただければ、気鋭の作曲家たちが余りに有名なメロディーに対して腕によりをかけ、飯野の演奏に期待しながら音符を綴った様子を理解できると思う。飯野の演奏も原曲へのリスペクト、新しい響きと出会う興奮を兼ね備え、全曲を一気に聴かせてしまう見事なものだ。2019年12月16&17日の浦安音楽ホール、スタインウェイD274で録音セッションを行った時点では、現在のパンデミックなど予想する術もなかったが、リリースのタイミングは結果として、非常に意義深いものになった。

(カメラータ・トウキョウ)


ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》&第2番」

クリスティアン・ベザイデンホウト(フォルテピアノ)

パブロ・エラス=カサド指揮フライブルク・バロック・オーケストラ

ピリオド(作曲当時の仕様の)楽器のフォルテピアノによるベートーヴェンのピアノ協奏曲では今年1月、ブラウティハム(フォルテピアノ)とヴィレンス指揮ケルン・アカデミーの録音を紹介した。モダン(現代仕様の)楽器のグランドピアノだと特に第3番以降、巨大なスケールが強調されていくが、ピリオド楽器では颯爽と軽やかな足取りが保たれている。


ベザイデンホウトは2015年にエラス=カサド指揮フライブルク・バロック・オーケストラとのツアーに第3番のソリストとして同行した際、全5曲を10日間に集中して録音するアイデアを得た。2017年12月、フライブルクでのセッションに先立ち5曲を異なる楽器で弾く考えを改め、1824年製コンラート・グラーフを1989年にロドニー・レジエが復元した楽器に一本化した。全集の「Vol.1」として出た最初(第2番の作曲は第1番より先)と最後の協奏曲では、優美さが際立つ「皇帝」もよいが、オーケストラの弾けぶりも含め、ふだん地味な印象の第2番が抜群に面白い。これはもう、ほとんどロックの世界であり、ベートーヴェンの「革命的側面」を鮮やかに再現している。

(ハルモニア・ムンディ=輸入発売元はキングインターナショナル)


「ベートーヴェン ピアノ作品集2」

(ソナタ第30番、13番《幻想曲風ソナタ》、第14番《月光》&6つの変奏曲Op.34)

伊藤恵(ピアノ)

ファツィオリのモダンピアノを使い、DSD録音のSACD/CDハイブリッド盤としてリリースしているシリーズの第2作で2019年8月27ー29日、岩手県北上市文化交流センターさくらホールで録音。非常に温かく、ヒューマンな音楽である。最初に聴き終わって即、伊藤本人にメールした。

「長年のドイツ音楽への傾倒が深い説得力を生み、無機的な打鍵のサウンドではなく、作曲家の肉声を思わせる歌として奏でられ、語られていくさまに、ひたすら惹きこまれます。私たちが直面する困難の疲れを癒し、立ち向かう力を与えてくださり、ありがとう!」

伊藤の返信で最も印象に残ったのは;

「今の夢は、人類がベートーヴェンの生誕300年をお祝いできること。私たちは(生きて)いないけど、脈々と先人たちが守り伝えてくれた財産を次の世代が幸せに奏でることができるよう、ちゃんと伝え渡していきたいです」という部分だった。


恵さんと私は同学年だからベートーヴェン生誕300周年に当たる2070年、110歳台まで生き残る可能性は限りなくゼロに等しい。でも、確信できる。人類が生存する限り、ベートーヴェンの音楽は傷ついた心をなぐさめ、再び立ち上がる力を与え続けるであろうと。

(フォンテック)






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