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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

亀井聖矢・三浦謙司・務川慧悟のピアノ

クラシックディスク・今月の3点(2022年11月)


パリで数年に1度開催されるロン=ティボー国際音楽コンクールのピアノ部門。2022年は亀井聖矢が第1位を得た。前回、2019年の第1位の三浦謙司、第2位の務川慧悟を加えた日本人男性ピアニスト3人の新譜が時期を接してリリースされたので、まとめて紹介する。


亀井聖矢「VIRTUOZO」

リスト 「ラ・カンパネラ」「超絶技巧練習曲集第4番《マゼッパ》」

ベッリーニ (リスト編曲)「《ノルマ》の回想」

ラヴェル「夜のガスパール」

バラキレフ「東洋風幻想曲《イスラメイ》」

本来のアルバムタイトルの「Z」は現在の年齢の20歳を映し、「2」と「Z」を掛け合わせた字体になっている。「僕はまだこの世に生を受けて立ったの20年ですが、今持ちうる想像力のすべてを使い、心からそれぞれの曲の世界観に向き合ってきました」と、「20歳の巨匠を目指して」の心構えを語る。3人の中では最も従来型のコンクール・ウィナーでリストの指の回転、弱音からフォルテの轟音まで一気に音量を増していくスリルなどが高く評価されたのは当然といえる。半面、「夜のガスパール」では題材となったルイ・ベルトランの幻想的な詩の世界を描き切るまでに至らず、今後の深彫りに期待したい。これまで実演やテレビ放送で聴いた際に感じた伸びやかな歌心、柔らかくヒューマンな感触は「イスラメイ」の中間部で、はっきりと聴くことができる。2022年9月15日、サントリーホールで録音。

(e+music)


三浦謙司「アイデンティティ」

フランク(ハロルド・バウアー編)「前奏曲、フーガと変奏曲 ロ短調 Op.18」

武満徹「ピアノのためのロマンス」「雨の樹素描Ⅱ(オリヴィエ・メシアンの追憶に)」

ラヴェル「水の戯れ」「高雅で感傷的なワルツ」

ドビュッシー「6つの古代のエピグラフ」「喜びの島」

(ボーナス・トラック)

バンジャマン・ゴダール「マズルカ第2番変ロ長調 Op.54」

三浦は自身を「日本に生まれ、ドバイの小学校に通い、10代の日々をロンドンで過ごした。成人してからはここベルリンでずっと生活してきた。ベルリンで妻に出会い、結婚し、娘も生まれた。私は色々なところに住んできたが、そのいずれも私の『家』ではない」と振り返り「これは私自身のアイデンティティとの葛藤が反映されたアルバムである」と記す。フランクの出だしからして繊細、思慮深い打鍵を通じて多彩な音色を編み出す感性の柔軟さに耳が釘付けとなる。この個性、例えばベートーヴェンの協奏曲をオーケストラと共演する際にはプラスだけでなく、マイナスに働くリスクは直近の演奏会で感じたが、フランス=ベルギー系の作品と、それに影響を受けた武満を組み合わせ、一つの小宇宙を描いたアルバムでは最大限の効果を発揮している。個人的にはドビュッシーの「喜びの島」の控えめながら奥深いエクスタシーの描出に、感銘を受けた。ピアノはヤマハで往年の大ピアニスト、ジョルジュ・シフラが所有し、演奏に用いた楽器という。2021年1月15ー17日、仏サンリスのサン=フランブール礼拝堂で収録。

(ワーナーミュージック)


務川慧悟「ラヴェル ピアノ作品全集」

(古風なメヌエット/亡き王女のためのパヴァーヌ/水の戯れ/ソナチネ/鏡/夜のガスパール/ハイドンの名によるメヌエット/高雅で感傷的なワルツ/ボロディン風に/シャブリエ風に/前奏曲/クープランの墓)


務川も三浦に似て、十分なパワーを備えながらもそれを武器とはせず、繊細で柔軟な感性で作品の価値を根源から見つめ直すタイプのピアニスト。2014年以来パリを本拠とし、現代最新のコンサートグランドだけでなくクラヴサン(チェンバロ)やフォルテピアノのピリオド楽器、ピアノでもエラールやプレイエルなどフランスのアンティーク楽器にも手を触れ、それぞれの楽曲に最適の音を探り当てていく学究肌の一面もある。さらに10本の指すべてに均等の力をかけられる、恵まれた手の持ち主だ。ラヴェルは「好きな作曲家」の筆頭。自身で書き下ろした解説の最後を「この何年もの間、僕を全く持って虜にし、また時には僕を支えてくれもしたラヴェルの音楽の深淵な魅力を、僕自身これからも追い続けてゆきたいと思うし、この録音が、少しでも多くの人が彼の不可思議な魅力の虜になることに少しでも寄与してくれたら、と願っています」と結んでいる。2枚組ディスクが届き、最初に試聴した時は深夜で十分に音量を上げられず「なんか大人しく、迫力のない演奏だな…」と、訝しく思った。翌日、晴れて大音量で再生すると、驚くほど細やかに音のニュアンスを弾き分け、ラヴェルが慎重に隠した音楽の背景を入念に探り当てようとする「執念」に満ちたアルバムの全貌が姿を現した。今まで聴いたどの「ラヴェル全曲」とも異なる感性の持ち主である。

(e+music)




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