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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

アンスネス・シフ・加納悦子&井出徳彦さらに福間洸太朗・青柳晋・原田慶太楼

クラシックディスク・今月の3点プラスα(2021年6月)


「モーツァルト・モメンタム(MM)1785」

Disc1 :ピアノ協奏曲第20&21番

Disc2 :幻想曲ハ短調、ピアノ四重奏曲第1番、フリーメイソンのための葬送音楽、ピアノ協奏曲第22番

レイフ・オヴェ・アンスネス(ピアノ&指揮)マーラー・チェンバー・オーケストラ

マシュー・トラスコット(ヴァイオリン&リーダー)、ジョエル・ハンター(ヴィオラ)、フランツ=ミヒャエル・グートマン(チェロ)

アンスネスは旧EMI時代の2007年に母国のノルウェー室内管弦楽団を弾き振りして第17&20番をリリースしていたので、第20番は再録音に当たる。前回のカデンツァは第1楽章がエドウィン・フィッシャーの手を入れたベートーヴェン、第3楽章が自作だったが、今回はそれぞれベートーヴェンのオリジナル、フンメルに変わっている。2枚組ディスクは1785年、29歳のモーツァルトに焦点を当て、協奏曲だけでなくピアノ独奏曲や室内楽曲などもマーラー・チェンバーのメンバーと収めたのが特色だ。ソニーが1996年、ジョス・ファン・インマゼールの優れたフォルテピアノ独奏でソナタ、ロンド、幻想曲を集めた「モーツァルトのウィーン時代1782ー1789(The Vienna Years 1782-1789)」の2枚組を思い出すコンセプトだが、アンスネス盤は1785年に絞り、より広範なジャンルに目を向けた。


ピアノ協奏曲3作の録音は2020年11月8−10日、ベルリンのフィルハーモニー・ザールでセッションを組んだ。コロナ禍でドイツの演奏会も軒並み中止・延期となり、スケジュールに余裕のできたベルリン・フィルの本拠地を使い、十分なディスタンス(距離)を置いての収録だったという。ダニエル・バレンボイムのベートーヴェン「ピアノ・ソナタ全集」などと同じく、空白の時間を逆手にとって集中度を高め、ひたすら音楽に没入した録音は独特の透明度、純度を伴い、後に「コロナ期の録音」と一括回顧されそうな雰囲気を共有する。


アンスネスのピアノはどこまでもピュア、一切の夾雑物を排し、モーツァルトの肉声をごく個人的に伝えるような感触がある。「合唱幻想曲」を含むベートーヴェンの「ピアノ協奏曲」全曲の録音とツアーをすでに終え、すっかり気心を通わせたベスト・パートナーのマーラー・チェンバーのメンバーとの親密なコミュニケーションもまた、この雰囲気を高める。

(ソニーミュージック)


ブラームス「ピアノ協奏曲第1&第2番」

アンドラーシュ・シフ(ピアノ&指揮)エイジ・オブ・インライントゥメント管弦楽団

管弦楽だけでなくピアノにもピリオド(作曲当時の仕様の)楽器を使い、ピアニストが指揮も兼ねた待望の録音。2019年前半にツアーを行った後、12月19ー21日にロンドンのアビー・ロード・スタジオでセッションを組んだ。シフは1988年4月、ゲオルク・ショルティ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と「第1番」をデッカに録音しているので、同曲は31年ぶりの再録音に当たる。解説書にはシフ自身によるブラームスの協奏曲への思い、時間をかけて肥大化してきた編成に対する批判もこめた演奏解説のほか、旧東ドイツ時代から高名だった音楽学者ペーター・ギュルケが書いた詳細な楽曲分析や使用ピアノの説明も収められ、かなりの意気込みを込めたプロジェクトである実態を裏付ける。


ピアノはライプツィヒのブリュートナー社が1859年頃製作した「no.762」で、低音部の弦を交差させず平行に張り、透明度(トランスパレンシー)を重視した音色は、バレンボイムが現代のピアノ製作者クリス・マーネと共同で開発、日本へ持ち込んだ特別仕様のスタインウェイ「ストレートストラング・グランドピアノ」とも一脈通じる。インライントゥメント管の弦楽器は35人(第1ヴァイオリン10人、第2ヴァイオリン8人、ヴィオラ7人、チェロ6人、コントラバス4人)で管はホルンを倍の4人とした他は、全て2管。第2ヴァイオリンのトップには相曽賢一朗(Ken Aiso)の名がクレジットされている。


このフォーマットを用いた結果、ブラームスのピアノ協奏曲はもはや「ピアノ付きの交響曲」と揶揄されることなく調和のとれたバランス、ソロと合奏の室内楽的な対話、それぞれの声部と和声の明瞭な姿を回復することができた。柔らかく美しく、生気に富んだ演奏だ。

(ECM=ユニバーサルミュージック)


ベルク「若き日の歌」

加納悦子(メゾソプラノ)、井出徳彦(ピアノ)

2013年リリースの「メアリ・スチュアート女王の詩〜シューマン後期歌曲集」に続く、加納のコジマ録音「ALM」レーベル第2作。アルバン・ベルクが15ー23歳の1901ー1908年に作曲した歌曲の多くは後に作曲者自身が公表にストップをかけたため、長く知られる機会がなかったという。加納は「アルバン・ベルクの初期歌曲の『和声構造』」の論文(2013年)を執筆した音楽学者・作曲家の今野哲也氏の協力と解説執筆を得て、「初期7つの歌」などベルク自身が出版を認めた作品を敢えて省き、ほとんど未知の31曲の録音に挑んだ。ピアノは桐朋学園在学中に伴奏の面白さに目覚めてウィーン国立音楽大学歌曲伴奏科へ留学、ドイツ語歌曲(リート)の朗読付き公演なども手がける若手、井出を新たに起用した。


①15ー17歳②17ー19歳③19ー21歳④21ー23歳ーーの4つのブロックに分けた今野執筆の解説を読みつつ、加納と井出の演奏に耳を傾けてみる。明晰なドイツ語の発音と磨き抜かれた声、適確なピアノの音を通じ、ウィーンの爛熟したロマン派にどっぷり浸って音楽の道を歩み出した青年が、次第に新しい時代の響きを探り当てていく様が、はっきりとわかる。

(コジマ録音)


《今月のプラスα》


「バッハ・トランスクリプションズ」

福間洸太朗(ピアノ)

【収録楽曲】※NAXOS JAPANのHPより

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)

1 アリア「羊は安らかに草を食み」~カンタータ「わが楽しみは元気な狩のみ」BWV 208より

(編曲:エゴン・ペトリ)

2 コラール「目覚めよ、と呼ぶ声あり」BWV 645(編曲:フェルッチョ・ブゾーニ)

3 コラール「いざ来ませ、異邦人の救い主よ」BWV 659(編曲:ブゾーニ)

4 コラール「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV 639(編曲:ブゾーニ)

5 コラール「主よ、人の望みの喜びよ」~カンタータ「心と口と行いと命もて」BWV 147より

(編曲:マイラ・ヘス)

6 シンフォニア(序曲)~カンタータ「神よ、われら汝に感謝す」BWV 29より

(編曲:カミーユ・サン=サーンス)

7 前奏曲とフーガ イ短調 BWV 543(編曲:フランツ・リスト)

8 シチリアーノ~フルート・ソナタ 変ホ長調 BWV1031より(編曲:ヴィルヘルム・ケンプ)

9 シャコンヌ ~無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004より

(編曲:ヨハネス・ブラームス)

10 アリア「憐れみ給え、わが神よ」~マタイ受難曲 BWV 244より(編曲:福間洸太朗)

11 パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV 582(編曲:オイゲン・ダルベール)

12 コラール「バビロンの流れのほとりにて」BWV653(編曲:サムイル・フェインベルク)

福間はコロナ禍のなか「SNSを通して今聴きたい曲を問いかけたところ、多くの方から『バッハ』という答えが返ってきました。私も自身もバッハを弾きたい想いにかられていたのです」と、録音の動機を語る。収録は2020年10月20ー22日、神奈川県の相模湖交流センター「ラックスマンホール」で、ピアノはベヒシュタインの「Model D282」。夜、小さめの音量でじっくり耳を傾けると、だんだん心が落ち着いていく。トランキライザー効果絶大。

(ナクソス)


「Danzón(ダンソン)」

原田慶太楼指揮NHK交響楽団

1-3. バーンスタイン:《オン・ザ・タウン》から《3つのダンス・エピソード》

 Leonard Bernstein : Three Dance Episodes from On the Town

4. G・ウォーカー:弦楽のための叙情詩

 George Walker : Lyric for Strings

5. ピアソラ:タンガーソ(ブエノスアイレス変奏曲)

 Astor Piazzolla : Tangazo

6-13. コープランド:バレエ組曲《アパラチアの春》

 Aaron Copland : Appalachian Spring

14. マルケス:Danzón(ダンソン)第2番

 Arturo Márquez: Danzón no.2

※日本コロムビアのHPより

原田の「DENON」レーベル第1作は2020年11月25&26日、サントリーホールのN響演奏会のライヴ録音。私は当HPに下記のレビューを記した:


プログラムはアメリカ合衆国のサンクス・ギヴィング・デイに因むもので、日本コロムビアがライヴ録音した。メキシコのマルケス以外の3人は北米の作曲家で、とりわけ「古き良き時代」「黄金時代」の合衆国を想起させる作品を集めたことに、ある種の政治的メタファーを察知した聴き手もいたはずだ。今から40年あまり前のN響定期演奏会で、外山雄三やレナード・スラトキンらが同様のプログラムを指揮しても、オーケストラ演奏家(楽員)は理解も共感もノリも極めて悪く、ドイツ音楽信奉者の巣窟だった客席の反応も冷淡そのものだった。だが、今回は原田が身体運動能力の限りを尽くして作品の生命感を吹き込むと、オーケストラは全身弾きの情熱でこたえ、客席も熱狂した。主席奏者たちのソロ演奏も卓越していて、とりわけクラリネットの松本健司の百面相的な妙技と美音は驚嘆に値する。ヴァイオリンは第1、第2を左右に分けた対向配置で、面白い効果を発揮した。原田はタクトを持たず全身を駆使した指揮ぶりで、N響のベストを引き出していた。


CDは2日間の本番とゲネプロの「いいとこ取り」で、完成度はより高い。発売に先立ち行ったインタビューでは、ウォーカーについて改めて話した。ジョージ・ウォーカー(1922ー2018)は1996年、黒人で初のピューリッツァー賞を授かった作曲家。「BLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人差別に対する抗議運動)が活発化した年にアメリカ本拠のアジア人指揮者として、絶対に手がけるべき作品だと思いました」と、原田は選曲の背景を語った。

(日本コロムビア)


リスト「巡礼の年第1年《スイス》」

青柳晋(ピアノ)

青柳は2018年12月23日、Hakuju(白寿)ホールに会場を移して初の「リストのいる部屋」(Vol.13)で「巡礼の年第2年《イタリア》」をベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第31番」(作品110)とともに弾いた。拙HPから、リストの部分を再掲する:


驚くべきことに、リストも同様に、水墨画の世界で満たされた。「巡礼の年第2年」は昨年から今年にかけて東誠三、田崎悦子もリサイタルの後半で弾いた。何か期するところのあるピアニストが、節目の自主公演で正面から向き合う大作なのかもしれない。中途半端な覚悟で臨むと、最後の、そして最長の「ダンテを読んでーソナタ風幻想曲」までパワーも音楽も持たない。わずか1年半の間に3者3様の素晴らしい演奏を堪能したが、中でも、モノクロームのストイシズムに徹した青柳のアプローチは強烈な異彩を放った。CDデビュー当時から「リスト弾き」と目されたが、若いころはもっとギラギラ、ミスをも恐れずバリバリ弾きこなす感じだった。今回はリスト作品の構造的側面をじっくり見据え、サロンの女子を失神させたイケメン・コンポーザー&ピアニストの衣のうちに秘められた、ベートーヴェン直系の鍵盤奏法の痕跡や音楽を通じ人類に奉仕する気概といったものまで、浮き彫りにした。もちろん「ダンテを読んで」のクライマックスとか、ワイルドな魅力にも事欠かなかった。


そして1年後の2019年12月20日、Hakujuの「リストのいる部屋Vol.14」では「巡礼の年第1年《スイス》」をベートーヴェン最後のソナタ、「第32番」(作品111)とともに弾いた。こちらのレビューの一部も貼り付ける:


特にリストでは集中した最弱音で顕著だった音色の美しさが、ワイルドな最強音まで堅持され、第一級のヴィルトゥオーゾの腕前を保つどころか、迫力と気品を増しつつある実態をつぶさに感知できた。だが「変化率の大きさ」では断然、ベートーヴェンが光っていた。昨年の第31番に対しては「本来もっとカラフルな音色を備えたピアニストがあえて白黒水墨画の手法を選び、透明感と奥行き、響きの幽玄を際立たせながら、楽器の進歩と一体になって鍵盤音楽の表現領域を拡げてきた作曲家が最後に到達した境地をリアルに再現していく」と書いたが、今年の第32番では「白黒水墨画」風の表層の背後に無限の色彩が広がり、ベートーヴェンが最後に到達した融通無碍の境地、あえて言えばジャズに近い自由自在の音の動きを存分に描いてみせた。


満を持して、という表現が最も適切だろう。2020年6月3−5日にはHakujuで改めてセッションを組み、「巡礼の年第1年《スイス》」を録音した。ピアニズムはさらに磨き抜かれ、まさにリストが自室で語りかけるような、ストレートなメッセージにあふれている。本人に感想を伝えると、「久しぶりのソロ録音だったので、めちゃくちゃ頑張りました。(ベートーヴェンの)作品111をやっておいて、本当に良かったです」と返信してきた。2019年のレビューに「ベートーヴェン→チェルニー→リストと切れ目なく続く鍵盤音楽の系譜を意識した、選曲とアプローチ。青柳はリストの輝きを敢えて艶消しのアプローチから再現しながら、時空を超越した2人の作曲家の『対話』を成立させた」と書いた通り、ベートーヴェンの終着点を経験したことで、リストの根幹を見すえる目が一段と定まったのだと思う。

(Saules Bleus、発売元=Pau Ltd.)




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