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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

酒井淳とC・ルセの友情を刻むマレの美


今から20数年前、新聞社の音楽担当編集委員だった私のもとに1通の封書が届いた。「知り合いの息子さんに酒井淳という有能なチェロ奏者がいるのですが、海外育ちで日本の音楽大学を出ていないうえ、有力な後ろ盾となる先生もいない関係か奨学金審査やコンクールにもなかなか通らず、苦労しています。ぜひ一度、お聴きくださいますか?」。N夫人からの手紙は非常に具体的で「何が何でも、聴かせるぞ!」の気迫に満ちていた。最初に出かけたのは今は無き津田ホール、ヴァイオリンのイリヤ・カーラーとのジョイント・リサイタル(ピアノなし)だった。酒井の音楽性は確かで、荒削りながら将来開花するに違いないスケールの大きさの片鱗をみせていた。いくつかの音楽賞に推薦したが案の定、見向きもされなかった(第15回齋藤秀雄メモリアル基金賞を授かったのは2017年、パリでの評判を受けて桐朋学園大学音楽学部特任教授に就任した後だった。日本社会の評価基準は独特である)。


ちょうどパリ音楽院留学中でモダン楽器に一区切りをつけ、バロック・チェロやヴィオラ・ダ・ガンバをクリストフ・コワンの下で学び始めたころだったと思う。当時、旧本社のホールで演奏会の制作も兼務していたので都合2回、パリ音楽院の先輩に当たる東誠三をピアノに招いて酒井とのデュオ・リサイタルを企画、デュパルクやプフィッツナーのソナタをはじめ、レアな作品をたくさん弾いてもらった。その後、パリではクリストフ・ルセの知遇を得てレ・タラン・リリークなどのピリオド楽器アンサンブルに通奏低音で加わったりするうち、バロックオペラの指揮者としても頭角を現した。2019年10月16日、東京・銀座のヤマハホールでの演奏会では酒井とマリオン・マルティノがヴィオラ・ダ・ガンバを弾き、ルセのクラヴサン(チェンバロ)と共演した。もちろん酒井から誘いのメールが来るはるか以前のタイミングでN夫人(健在!)から出動要請があり、久々のライヴを楽しみにしてきた。


主役はマラン・マレ(1656ー1728)で、「ヴィオール曲集第1巻」(1686/89)の「組曲ニ長調」を前半、「2つのヴィオールのための組曲ニ短調」を後半に置き、さらに「メリトン氏のトンボー」「2つのヴィオールのためのシャコンヌ」を加えた。前半ではルセの独奏により、アントワーヌ・フォルクレ(1671?ー1745)の「クラヴサン曲に直されたヴィオール曲集」からの「組曲第1番ニ短調」も紹介された。


前日までコンクール審査やガラコンサート、友人のピアニストの手伝いなどでロマン派音楽の洪水に浸っていたので、マレの1曲目が始まった瞬間「ああ、静かでいい音だ!」と、全身の血が浄化されていくような感触を覚えた。フレンチモデルの美しいチェンバロにガンバ2人のヴィジュアルもスタイリッシュ、ピアノでは響きすぎるヤマハホールもピリオド楽器には最適の会場と思えた。酒井の演奏は時にマルティノをマスクしてしまうほど豊かな音量と艶やかな音色を保ち、闊達の極み。続く独奏で一段と際立ったルセの円熟は、ガンバ2人とも自由自在な音楽の対話を繰り広げ、クラヴサンの極彩色の「声色(こわいろ)」をこれでもか、これでもかと引き出していく。とりわけ静かな楽章での繊細な音色美の静かな重なり合いに心惹かれていると、アンコールの際、酒井が「こうした繊細な感覚を日本人とフランス人は共有していると思います」と聴衆に語りかけ、我が意を得たりであった。日本とフランスの両国で今後、さらに重きをなしていくであろう音楽家の成熟を目の当たりにした。

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