top of page
  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

純粋無垢、クリスタルに輝くP・ルイス


ああ、このピアノの音を聴きたかった! 1973年リヴァプール生まれの英国人ピアニスト、ポール・ルイスの音に久々に生で接した瞬間、深海まで透明な海水を思わせるクリスタルな音色の輝きに魅せられた。2018年11月20日、銀座の王子ホールで開かれた「HBB PROJECT」第2回。HBBとはハイドン、ベートーヴェン、ブラームスの頭文字で、プロジェクトは3人の作品を組み合わせた計4回のリサイタルシリーズを意味する。


第2回はベートーヴェンの「11のバガテル」(作品119)とハイドンの「ソナタ第49番変ホ長調」が前半、ハイドンの「ソナタ第32番ロ短調」とブラームスの「4つの小品」(作品119)が後半。これほど通好みの渋いプログラムだと、王子ホールを埋めるのすら難しいが、最高のKlavierkunst(ピアノ芸術)を聴けた満足感は筆舌に尽くし難い。余計なトークや愛想笑いは皆無、質素な出で立ちでひたすら音楽に没入するピアニストの姿がいつしか、神々しく見えるほどだった。


ベートーヴェン晩年の小品連作は融通無碍な遊びの境地、ヒューマンなユーモアの世界を繰り広げ、先輩ハイドンの世界への回帰を思わせた。逆にハイドンのソナタ2曲では、ベートーヴェンのソナタ32曲が「ハイドンなしには誕生しなかった」と納得させるだけの構築、内面世界を大胆に描ききった。多くの場合、ブラームス最晩年の諦念と一体に語られる作品119に対し、ルイスは破格のダイナミックレンジを与え、紛れもなく古典派の枠組みを逸脱したロマン派の作品という実像を白日のもとにさらけ出す。どの演奏解釈も正統派の品位を保っていたにもかかわらず、長年の間に染み付いた先入観を破壊するだけの迫力があった。


アンコール2曲はハードライナーに徹した本編を補うかのように、優しい肌触り。ブラームスで頂点に達した熱狂をゆっくりと冷まし、充実の一夜を締めくくった。トップ画像は終演後のサイン会でのスナップを加工、ベートーヴェンの肖像画みたいな雰囲気を出してみた。

閲覧数:126回0件のコメント
bottom of page