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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

立奏&独自配置の西脇義訓とデア・リング東京オーケストラ、9月4日に所沢で


2019年9月、東京オペラシティでのブルックナー演奏

楽曲ごとに配置を替え、弦や管の奏者の多くが立って演奏(立奏)する不思議な管弦楽団「デア・リング東京オーケストラ」が2021年9月4日、埼玉県所沢市の所沢市民文化センターMUSEアークホール(大ホール)で特別演奏会を開く。2013年に同オーケストラを創立するまで長くレコーディング・プロデューサーとして活躍し、アマチュアのチェロ奏者でもある西脇義訓(1948年名古屋市生まれ)が指揮する。すでに2019年9月に東京オペラシティコンサートホールで演奏、自身が録音エンジニアの福井末憲と営む「N&F」レーベルからライヴ盤も発売したブルックナーの「交響曲第7番」がメイン。前半のヴァイオリン協奏曲には当初、ジョセフ・リン独奏のベートーヴェンを予定していたが、コロナ禍の影響で来日を断念した。代わりに米国留学中リンに師事し、現在はテレビ番組のコメンテーターも務める廣津留すみれがメンデルスゾーン(ホ短調)の〝弾き振り〟に挑むこととなった。



廣津留すみれ

リハーサル2日目の9月1日、西武新宿線航空公園駅から徒歩約10分の所沢MUSEに足を運んだ。最初は東京工業大学の中野民夫教授の指導を受けたというウォーミング・アップーーストレッチと深呼吸を組み合わせた体操で、全身の緊張を解く。次にJ・S・バッハの「マタイ受難曲」の録音を再生した後、同じコラールを全員で演奏する。新譜のビゼー「交響曲」、ワーグナー「ジークフリート牧歌」、シューベルト「交響曲第7番《未完成》」を収めた1枚、とりわけ《未完成》を聴いて覚えた威圧感ゼロ、いくつもの室内楽チームが寄り添い、響きを重ねていくかのような音楽づくりには衝撃を覚えていた。実際にホールで生の音を聴くと、柔らかな響きが何の「圧」も加えられず豊かにあふれ出し、一つの音楽へと収れんしていく。その〝魔法〟がN&Fの録音テクニックでも何でもなく、自然現象として存在する事実に改めて驚ろかされた。西脇はタクト(指揮棒)を持たず、腕をぐるぐる動かすだけ。ほとんどが奏者の自発性に委ねられ、響きを通じた一体感が醸成されるさまは、指揮者なしのメンデルスゾーンの協奏曲で一段と鮮明になった。ヴァイオリンやヴィオラが座ると金管が目出ちブラスバンドみたいに聴こえる部分も、弦が立奏に転じると見事にバランスする。


数々の「目からウロコ」の原点を探ろうと、西脇に事前のリモートのインタビューをお願いした。以下に、その一問一答を要約する。


ーー《未完成》の「室内楽の重ね合い」みたいな響きの感触に、深い感銘を受けました。

「本当に嬉しいです。ディスクの解説書には、あえて配置図を載せていませんが、木管楽器8人それぞれに弦楽四重奏(ヴァイオリン2人とヴィオラ、チェロ)を組み合わせ、舞台上に8組のクインテット(五重奏団)を並べました。僕が名古屋の高校2年生だった1965年4月、ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団の初来日公演で《未完成》を聴き、あまりに美しい音が天から降ってくるような感触を覚え、鳥肌の立った感動で『どうしてもオーケストラをやりたい』と思い、チェロを始めるきっかけになりました。僕の原点といえる作品で、デア・リングならではの響きを究めた成果をディスクに収めたのです」



西脇義訓

ーーデア・リング(ドイツ語で「環」「指環」)の名前の由来、立奏に至った経緯など、お聞かせください。

「日本フォノグラム(現ユニバーサルミュージック=当時のフォノグラムはオランダ「フィリップス」レーベルの日本総代理店だった)に入社2年目の1972年、カール・ベームがワーグナーの聖地バイロイト音楽祭で指揮した《ニーベルングの指環(リング)》4部作全曲のライヴ録音(1966ー1967年収録)の国内発売を記念してLP盤全16枚、表裏合わせて計32面を夜通し聴くというキャンペーンの担当になり、東京と名古屋で実施したことが、僕の最初の強烈なワーグナー体験です。全曲を2回繰り返して聴く間、解説書を隅から隅まで読み、バイロイト祝祭劇場のピット独特のオーケストラ配置も知りました。客席側から見て第1ヴァイオリンが右、第2ヴァイオリンが左と、通常の対向配置の真逆になります。全曲盤を購入したお客様からは『左右逆相ではないか』とクレームもいただきましたが、これがバイロイトの配置なのです。実際に劇場を訪れたのは2011年と遅く、ペーター・シュナイダーの指揮する《トリスタンとイゾルデ》でしたが、前奏曲の冒頭を聴いた瞬間、想像した以上の音が広がり『これが長年、僕がアマチュア・オーケストラで試行錯誤を重ねながら目指してきた理想の響きなのだ』と確信しました」

「以後、録音を担当した長岡京室内アンサンブルの指導者、森悠子さんらの協力も得ながら円形の配置、ヴィオラだけ、チェロだけで固まらないバラバラの着席などの実験を重ね、2013年のデア・リング立ち上げに至ります。名称はもちろん、ワーグナーの4部作からです。最初の曲目はブルックナーがワーグナーに献呈した『交響曲第3番《ワーグナー》」に決め、プロ奏者や音大生などからなるメンバーを募りました。弦の全員に前向きの配置をお願いしたら、最初は疑問、反発が続出。でも何度か演奏するうちに賛同が広がり『また、これでやりましょう』となりました。立奏もメンデルスゾーンが自作の『交響曲第4番《イタリア》」を指揮した際に実行した記録があり、『ブルックナーではどうか?』と疑問も感じつつも試したら、メンバーの方から『立ってやりたい』と背中を押されたのです。『交響曲第7番』はチェロで始まるので、東京オペラシティでは最前列に一線で並べました」


所沢のリハーサル(2021年9月1日)

ーー指揮者とはいえ、あまり細かく振りませんね。

「僕はほとんど振らず、メンバー全員に『(お互いを)聴け、聴け!』と促します。半面、あまり聴き過ぎると停滞するのですが、そうはさせず『指揮に頼らなくても停滞しないアンサンブルになる』が僕とデア・リングの理想です」


ーー協奏曲では、指揮もなさらない。

「デア・リングの協奏曲演奏は『徹底してソリストに寄り添う』です。長年のレコーディング体験を通じ、ソリストはちゃんと弾けていたにもかかわらず、指揮の不備のため録り直すといった場面が何度かありました。極端な話、指揮者が邪魔になるケースすらあり、ソリストとメンバーがダイレクトにやりとりした方が、ピッタリと合う気がしてなりません。急な代役を引き受けてくださった廣津留さんですが、やりたいことをどんどんぶつけ、オーケストラと一体の演奏に反映していただけたらと思います」


ーー自分から「指揮者は邪魔」という指揮者に、初めてお目にかかりました。ありがとうございます。



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