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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

新国立劇場「ファルスタッフ」を味わう


2018年再演のプログラムの表紙

フェルメール絵画の静謐な世界に想を得た英国の大家、ジョナサン・ミラーの演出の初演は2004年。指揮者ダン・エッティンガーの日本デビューでもあった。3年ぶり4度目の上演はウェールズ在住のイタリア人、カルロ・リッツィの指揮。題名役はロベルト・デ・カンディアが務めた。2018年12月12日、昼公演を新国立劇場オペラパレスで観た。


正直、新演出初日のような緊張感はない。代わりに馴染みの舞台をじっくり味わう再演なりの良さがあり、また一歩、作品への理解と共感は深まったという手応えが残った。リッツィは初演以来一貫してピットを担う東京フィルハーモニー交響楽団をフルに鳴らし、ダイナミックで色彩豊かなサウンドを造型する。個人的には(特にフーガの部分などで)もう少し、陰影に富む「ファルスタッフ」の響きを聴いてみたかったが、ガンガン陽気に声を張り上げるデ・カンヴィア、フォード役の若いマッティア・オリヴィエーリのイタリア人男声2人の歌には合致していた。堅苦しいことを言わず、スカッと聴きたい人にはぴったりの感触だろう。


感心したのは脇を固める3人の日本人テノール。若手から中堅に差しかかったフェントンの村上公太、すでにヴェテランの域に達したカイウスの青地英幸、若手の中でも活躍が著しいパンドルフォの糸賀修平と世代間のバランスがよく、声質もキャラクターも異なるゆえに、それぞれのキャラクターを適確に演じていた。初演から4回連続ピストーラのバス、妻屋秀和の安定感も素晴らしい。


問題は女声キャスト。フォード夫人アリーチェのエヴァ・メイは高い芸術性、理想の発声、素晴らしい人柄で長く日本のファンを魅了してきたディーヴァだが、今回は明らかに不調。アクート(高音を張るところ)は頑張れても弱音、低い音域が極めて不安定で、フレーズを歌いきれない。ナンネッタの幸田浩子、ページ夫人メグの鳥木弥生も、願わくばあと5年早く、それぞれの役を聴きたかった。クイックリー夫人のアルバニア人メゾソプラノ、エンケレイダ・シュコーザだけがかろうじて、役の求める声の物理条件をクリアしていたと思う。


昨年から今年にかけてアンドレア・バッティストーニ指揮でヴェルディの「オテロ」、ボーイトの「メフィストーフェレ」を聴いた後、ボーイト台本&ヴェルディ作曲の到達点である「ファルスタッフ」をこのように高い水準の舞台上演で観られたことで、両者の掛け替えのないコラボレーションの価値にも改めて、目を啓(ひら)かされた。子どものころにはさっぱり理解できなかった「ファルスタッフ」というオペラの味わい、年をとればとるほど心に沁みてくるものだ。

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