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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

心技体充実の大野に円熟が…1月の都響


堀田力丸さん撮影の写真を加工

1960年生まれの大野和士が2015年4月に東京都交響楽団(都響)の音楽監督へ就いた時の期待は大きかった。若杉弘が音楽監督だった時期の1990〜92年に国内で最初のポスト(指揮者)を得た古巣へ、国外での豊富な指揮経験を携えて満を持し、錦を飾ったからだ。確かに知的に練り上げられたプログラム、ヨーロッパの楽団のような和声感や音色は群を抜いているが、1992〜2001年の東京フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者時代に見せた輝きや覇気が後退、玄人好みで時には晦渋な雰囲気で、ブレイクを果たしたとは言えないでいた。ところが今月(2019年1月)、大野が指揮した都響の定期演奏会は体調が非常に良さそうで、長く待たれてきた円熟の第一歩もくっきりと記され、ついにエンジン全開を思わせた。


10日の「B」定期(サントリーホール)ではパトリツィア・コパチンスカヤを独奏に迎えたシェーンベルクの「ヴァイオリン協奏曲」とブルックナーの「交響曲第6番」。15日の「A」定期(東京文化会館第ホール)ではブゾーニの「喜劇序曲」、イアン・ボストリッジ(テノール)の独唱によるマーラーの「少年の不思議な角笛」から5曲、プロコフィエフの「交響曲第6番」。メインの交響曲を「6番」でそろえ、19世紀末から20世紀半ばまで、近代音楽のパノラマを描こうとする意図がよく伝わる並びだった。


コパチンスカヤは今年3月のベルリン・フィル定期(キリル・ペトレンコ指揮)でもシェーンベルクを弾くことが決まっており、難曲をすでに完全に手中に収めている。無調で緊張の連続という聴衆にも過酷な作品を多彩な音色、女優のモノローグのような語りの息遣いで再現し、シェーンベルクの仄暗い音楽の迷宮へと誘い込む。自作の白いドレスに裸足、という出で立ちも、表現者としての強い意思を感じさせた。大野と都響も楽曲の進行とともにどんどんアクセルを踏み込み、理想の共同作業を成し遂げた。カリフォルニア時代の1934〜36年に作曲され、40年にベルクの協奏曲と同じルイス・クラスナーの独奏、レオポルド・ストコフスキー 指揮フィラデルフィア管弦楽団が世界初演。ユダヤ人シェーンベルクは自分があとにした旧大陸、とりわけドイツと母国オーストリアでナチス政権が何を行っていたかを当然、新大陸から深い絶望と悲しみの眼差しで直視していたはず。出口のない迷宮を思わせる作品の構造が何故か、目下の世界情勢と重なる感触を覚えた瞬間、背筋がゾッとした。


後半のブルックナーはネット上の感想を読む限り、ブルックナーマニアの受けが良くなかった。シェーンベルクの半世紀ほど前に書かれ、ブルックナーには稀なほどの実験精神をこめた作品に対し、大野は近代音楽の嚆矢(こうし=物事の始まり)の視点から、構造解析のメスを入れた。朝比奈隆やオトマール・スウィートナーら自然観照のうちに石像を立てるがごとき解釈が主流だった40年ほど前から、都響はフランソワ・ハイブレヒツ(1946年生まれのベルギー人、1979年2月の定期で第4番「ロマンティック」を指揮)やモーシェ・アツモン、若杉弘、エリアフ・インバル、ガリ・ベルティーニ、ジェイムズ・デプリースト…と、モダニズム志向のブルックナーを奏で続けてきた〝伝統〟があり、つねに今回の大野と同様の批判にさらされてきた。大野は「都響のブルックナー」の蓄積を踏まえつつ、指揮のヴィルトゥオーゾ(名人)ぶりを発揮、第2楽章アダージョの艶やかな弦の響きをはじめ、随所に円熟の兆しを実感させた。


A定期はトロンボーンのトップに広島交響楽団、チューバに仙台フィルハーモニー管弦楽団の奏者がエキストラで入るなど、いつもと少し違う顔ぶれの都響だったが長年のソロ・コンサートマスター、矢部達哉の堅固なリードでアンサンブルに隙はない。冒頭のブゾーニの珍しい作品で、すでにクオリティーは保証された。美声のストーリーテラー、ボストリッジはデビュー当時よりドイツ語の発音が自然になり、深いテキスト理解で大きな感銘を与えた。練達のオペラ指揮者でもある大野がつくる響きも肩の力が抜け、美しさを極める。渡邉暁雄、アツモン、若杉、ベルティーニ、インバル…とブルックナー以上にマーラーを得意とした歴代指揮者によって、都響は国内屈指のマーラー・オーケストラの地位を不動にしてきた。今回もホルン、クラリネット、オーボエなど管楽器のソロに長年の蓄積が垣間見えた。


3楽章構成のプロコフィエフは1947年、エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニーが世界初演。「傷ついた人々の時代」を複雑に描いた作風はソ連共産党中央委員会の批判の対象となり、作曲家の死後まで再演されなかったという。日本のオーケストラのプロコフィエフ交響曲演奏史では、アレクサンドル・ラザレフが首席指揮者に就いた2008年に始めた日本フィルハーモニー交響楽団のシリーズが記憶に新しいが、大野はロシア人マエストロ一般の爆演傾向とは一線を画し、柔らかく抒情的な音響を基調に、プロコフィエフの筆致を克明にたどって行った。第3楽章ヴィヴァーチェ終結寸前のクライマックスでは、大野の「雄叫び」?も飛び出し、心技体とも充実した名演に熱い拍手が続いた。


大野は2018年から新国立劇場オペラ芸術監督を兼ね、都響とともに音楽監督を務めるバルセロナ交響楽団も交えたオペラの国際プロジェクトを2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて牽引していく。都響との契約は2023年まで3年間延長された。オリンピックイヤーに還暦(60歳)を迎える大野の未来には、さらに大きな世界が広がっている。

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