影の主役は「ゲロンティアスの夢」〜映画「ザ・コラール 希望を紡ぐ歌」
- 池田卓夫 Takuo Ikeda

- 2 日前
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2024年の英米合作映画『ザ・コラール 希望を紡ぐ歌』(ニコラス・ハイトナー監督、アラン・ベネット脚本)が5月15日、TOHOシネマズ シャンテほか日本各地で公開される。
プレス資料に記されたあらすじ:第一次世界大戦下のイギリス北部ヨークシャー(舞台は架空の町ラムズデン)。徴兵で多くの団員を失った合唱団は、存続の危機に瀕していた。若者や町の人々を迎え入れ、“歌うこと”を通して再び心を結び直そうとする。新たな指揮者に選ばれたのは、敵国ドイツで活動していたヘンリー・ガスリー。偏見と不信を背負いながら、彼は退役軍人、売春婦、敬虔なボランティア、徴兵を控えた少年たちなどの寄せ集めの団員たちと向き合い、熱心な指導のもとで、失われたつながりと希望を取り戻していく。やがて彼らは、前代未聞の“ある挑戦”へと踏み出す。しかし、再び徴兵通知が届き始め、ようやく芽生えた平穏は、戦争の影に呑み込まれていく。
みどころ:主演は、『教皇選挙』『ザ・メニュー』など話題作への出演が続くレイフ・ファインズ。厳格で偏屈な男の複雑な内面を、深い陰影とともに体現する。共演にはロジャー・アラム、マーク・アディら英国の名優が集結。監督は『英国万歳!』など英国アカデミー賞・トニー賞受賞の演出家ニコラス・ハイトナー。英国を代表する劇作家アラン・ベネットとは4度目のタッグとなる。1916年当時の衣装や街並みを丹念に再現し、バッハの「マタイ受難曲」、エルガーのオラトリオ「ゲロンティアスの夢」など、祈りを超えて“生きる力”を宿した合唱曲が物語を支える。演劇と合唱が融合する圧巻のクライマックスは、今日の不安定な世界を生きる私たちにも深く響き、明日へ踏み出す勇気をそっと呼び覚ましてくれる。
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第一次世界大戦(1914〜18年)は人類史上初めて、近代兵器による大量殺戮を可能にした。英国では1916年に初の徴兵制度が導入され、素朴な愛国心が揺らぎ始めていた。17歳の〝悪ガキ〟コンビ、電報配達人のロフティ(戦死公報を届けている=オリバー・ブリスコム)とエリス(テイラー・アトリー)も次第に将来への不安を抱えるなか、メンバーが減りつつある街の合唱団に引っ張り込まれる。合唱団は町の有力者ダックスベリー(息子が戦死=ロジャー・アラム)がリーダーとスポンサーを務め、写真館主フィットン(出生前の若者の肖像を撮り続ける=マーク・アディ)、葬儀屋トリケット(アラン・アームストロング)ら年長者だけでなく、救世軍の活動に熱心で美声の黒人女性メアリー(アマラ・オケレケ)、同性愛者のピアノ奏者ホーナー(ロバート・エムズ)といった多彩な顔ぶれが集まっていた。やがて右腕を失った若い退役軍人クライド(ジェイコブ・ダドマン)も加わり、ダックスベリーに代わりテノールのソロに抜擢される。
当時の英国では音楽が庶民の生活に深く根ざし、アマチュア合唱団の活動も盛んだったという。戦時下で生への不安が高まるなか、合唱を続けること自体が「ささやかな抵抗」であり、制作チームは2020年のコロナ渦中に「喪失と希望が交錯するコミュニティーの物語」として、『ザ・コラール』の映画化を決定した。
主人公はダックスベリーが合唱団の指揮者にスカウトしたヘンリー・ガスリー博士(レイフ・ファインズ)。音楽家らしい妥協のなさ、ドイツ音楽を愛しドイツに渡って仕事をした(「ブラームスに会ったことがある」と語る)背景の両面から最初は敬遠されるが、音楽の本質を踏み外さず、合唱団の持ち味を最良の形で引き出して行こうとする情熱で次第に全員をまとめていく。演目も恒例だったドイツ語のJ.S.バッハ「マタイ受難曲」を〝敵国〟の音楽として退け、英語で死をめぐる魂の旅を描くエルガー「ゲロンティアスの夢」へと変更。街の合唱団のサイズと起用できる器楽奏者の人数を踏まえて大胆なカットと編曲を施し、作曲家に演奏の許諾を問う。
演奏会当日。皆が会場で準備にあたる中、近隣の街の大学で名誉博士号を授与されたエルガー本人(サイモン・ラッセル・ビール)が正装のまま車で乗りつけてくる。運転手役を緊張の面持ちで演じるのは、この映画の音楽監督と編曲を担ったジョージ・フェントン本人だ!エルガーは傍若無人で好色な老人でしかなく、メアリーにちょっかいを出そうとした挙げ句、小編成に改変されたスコアに目を通したとたんに怒り狂い、出ていってしまう。ハイトナー監督は「1916年当時、エルガーはすでに時代遅れとみなされ、批評家からも冷遇されていた」と説明、晩年の困った振る舞いも「ある程度、史実に基づいている」という。自国の大作曲家だからといって、過度に持ち上げないところもまた、私は面白いと思った。俳優たちの大半が「イギリスの英語」が母国語なので格調高く、聴き取りやすいのも良かった。

それにしても「ゲロンティアスの夢」の演奏シーンは感動的だ。単なる演奏会ではなく、クライドはじめ従軍経験を持つ若者たちが軍服と銃で戦争のリアルを伝え、そこに生と死のハーモニーを重ね合わせていく。映画の試写を観ながら思い出したのは、マイケル・モーパーゴの児童小説「戦火の馬(War Horse)」を原作とするニック・スタフォード脚本のミュージカル「ウォー・ホース ~戦火の馬~」で、私は2014年に東京・渋谷のシアターオーブで観た。2011年にはスティーヴン・スピルバーグ監督が映画化もしているので、多くの人々の記憶に残る物語だろう。「ザ・コラール」も世界中がきな臭ささを増す今こそ、110年前の人々が戦争に対して抱いた様々な思い、緊迫した世相の下に起きる異常心理、音楽が極限状況の中で果たす役割といったものに触れ、多くの示唆を得られる点でも意義深い作品だ。
2026年4月28日、東京・サントリーホール。読売日本交響楽団(読響)第657回定期演奏会は英国人指揮者アイヴァー・ボルトンの指揮で「ゲロンティアスの夢」全曲を演奏した。その興奮も冷めやらないタイミングで、「ザ・コラール」の上映が始まるのは単なる偶然に過ぎないが、コンサートを体験した聴衆が時経ずして映画「ザ・コラール」を鑑賞すれば、さらに立体的な作品像を得られるばかりか、楽曲を生んだ時代の〝重み〟にも思いを馳せることが可能だろう。私自身、この偶然を最大限に楽しみ、より深い感銘へと導かれた。



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