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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

川田知子「バッハ無伴奏ヴァイオリン全曲リサイタル」〜自分との闘いに勝つ!


かれこれ四半世紀の付き合いになるヴァイオリニスト、川田知子と今年3月に飲んだとき、「6月15日にJ・S・バッハの無伴奏全曲やるから、必ず聴きに来てね」と言われた。そういえば、宮崎国際音楽祭オーケストラや室内楽の演奏会での川田は頻繁に聴いているが、リサイタル、ましてや無伴奏には久しく接していない。チェンバロの中野振一郎との交流を通じ、歴史的アプローチやピリオド奏法をモダン楽器による自身のバッハ演奏へと巧みに生かしてきた名手が50代に入り、真正面から挑む無伴奏は「何としても聴かなければならない」と直感、他のあらゆる予定を振り切って2019年6月15日、東京文化会館小ホールの昼夜2公演を心待ちにしてきた。


第1番の「ソナタ」と「パルティータ」、第2番の「ソナタ」までが昼、第3番の「パルティータ」と「ソナタ」、「シャコンヌ」が最終楽章の「パルティータ」第2番が夜という配置。前半が赤茶、後半がブルーのドレス。それぞれアンコールなしの一本勝負だった。


ふだんはサバサバした性格、おじさんみたいな飲みっぷりに惑わされて?忘れがちだが、川田のバッハには男性奏者とは異なるしなやかさがあり、宮廷音楽家の優美な身のこなしを現代に蘇らせていく。極端にピリオド的なアーティキュレーションやフレージングは避けながら、絶妙な脱力で楽器を艶やかに鳴らし、さらっとした感触で生き生きとリズムを刻む。弓で弦に圧をかけ過ぎ、上から下へ押さえつけるようなリズムに終始した時代の日本奏法を完全に脱し、下から上へと跳ね上がるリズムの多用は18世紀音楽の再現として、理想的な様式感といえる。


外は大雨だったので湿気は当然ホール内にも滑り込み、音程の調整には多大の苦労があったはず。ただでさえ負担の大きな演目だけに、川田に課せられた精神的な負担は桁外れだった。ちょうどマラソンランナーがペース配分と記録への挑戦を絶えず念頭に置きながら限界に挑むように、川田もバッハとの真剣勝負に全力を捧げた。大詰めの「シャコンヌ」ではさすがにパワーが尽きかけ、何度か危ない瞬間もあったが、その度に川田は物凄い精神力で立ち直り、最後は自分との闘いに勝利した。時間の進行を演奏者と聴衆が一体に共有し、完走できた爽快感は格別だった。


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