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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

三宅麻美&三塚至、寺田悦子&渡邉規久雄〜ベートーヴェンの個性派プログラム

更新日:2020年11月6日


2020年のベートーヴェン生誕250周年は年明けとは全く異なる展開になったが、日本のピアニストたちは数多くの制約をかいくぐりながら、個性的プログラミングを競っている。世界には「指揮やピアノの日程が全部空いたから」と、とりあえず「ディアベッリ変奏曲」をドイッチェ・グラモフォン(DG)に入れたが、「まだ時間がある」と言い出し、「ピアノ・ソナタ全32曲」5度目!の録音までつくってしまうダニエル・バレンボイムのような才人(奇人?)もいるが、ベートーヴェンのピアノ曲は何もソナタや協奏曲だけではない。


三宅麻美ピアノ・リサイタル・シリーズ「浪漫の花束」Vol.1「色とりどりの性格的小品とドイツ・リートの世界」(2020年11月2日、王子ホール)with三塚至(バリトン)

「ピアノ・ソナタ第14番《月光》作品27ー2」「《幻想曲》作品77」「《6つのバガテル》作品126」「《アデライーデ》作品46」「《ゲレルトの詩による6つの歌曲》作品48〜第4曲《自然における神の栄光》」「連作歌曲集《遥かなる恋人に寄す》作品98」

アンコール:「歌曲《あきらめ》WoO.149」「同《君を愛す》WoO.123」

前半に幻想曲風のピアノ独奏曲、後半に三塚とのリート(ドイツ語歌曲)を集め、それぞれ初期、中期、後期の作品のバランスもとったプログラム。最初に名曲中の名曲、《月光》を置く勇気と企画力には感心した半面、「やはりリスクは大きい」と思わざるを得ない滑り出しで心配したが、《幻想曲》で完全にペースをつかみ安心した。J・S・バッハの「半音階風幻想曲とフーガ」を思わせる意表を突く開始が、ばっちり決まった。「6つのバガテル」の自由自在の語りくちで、三宅の本領が全開した。6曲全体の演奏設計は実に見事だった。


東京オペラ・プロデュースやオペラ彩、金沢市のオペラ・プロジェクトでかつて大変お世話になったバリトンの三塚が、ドイツリートでもこれほど見事な解釈者とは失礼ながら、知る機会を逸してきた。考えれば、ドイツ歌劇にも数多く出演している。それぞれの言葉の発音が明快なだけでなく、内容をきちんと把握しているので、対訳くびっぴきにならずとも、感情の流れがよくわかる。ふだんリートのピアニストではない三宅は最初、かなり大きな音とダイナミックな弾きっぷりでびっくりしたが、次第に歌と噛み合い「遥かなる恋人に寄す」では、絶妙なコントロールの域に到達した。以前のショスタコーヴィチ連続リサイタルでも、ソロ以外に室内楽を交えるなど多彩な視点を持つピアニストなので、「浪漫の花束」シリーズの今後にも大きな期待が持てる。


寺田悦子&渡邉規久雄デュオ・ピアノ・コンサート「四手連弾の宇宙Ⅰ〜ベートーヴェン 生誕250周年記念 ピアノ連弾作品全曲演奏」(2020年11月5日、紀尾井ホール)

「四手連弾のための《ピアノ・ソナタ》作品6」「同《3つの行進曲》作品45」「同《ヴァルトシュタイン伯爵の主題による8つの変奏曲》WoO.67」「同《ゲーテの詩〝君を思う〟による6つの変奏曲》WoO.74」「同《大フーガ》作品134」

アンコール:ブラームス「《ハンガリー舞曲集》第6番」

感染症対策を踏まえ、休憩なし1時間あまりのプログラム昼夜2公演の昼の部を聴いた。それぞれのリサイタルのほか、2台ピアノや4手連弾の演奏会を毎年のように開き重ねてきた渡邉&寺田夫妻も今年は3月以降、長期の休演を余儀なくされた。「せっかくのベートーヴェン生誕250周年。時間ができたからには何か、新しいレパートリーを開拓しよう」(寺田のトークより)と思い、たどり着いたのが4手連弾曲だった。こちらも三宅と同じくWoO.(作品番号なし)のついた初期の可愛らしい作品から、ほぼ絶筆に近い時点で書かれた《大フーガ》の編曲版まで4手連弾という特殊なジャンルに焦点を絞り、ベートーヴェンの生涯を俯瞰した。ベートーヴェン研究で知られる音楽学者、平野昭氏がプログラム冊子に執筆した楽曲解説は実に詳細で、勉強になる。とりわけ「弦楽四重奏曲第13番作品130」のため、最初に書いた第6楽章を独立させ、133の作品番号を付けた《大フーガ》を自ら4手連弾へ編曲した譜面に、134と別の番号を与えたエピソードは興味深い。スポンサーであり友人でもあったルドルフ大公に「フーガ技法研究の教科書」として献呈したが、出版はベートーヴェン の死の2か月後だったという。


すべての楽曲で寺田がプリモ(高音部)、渡邉がセコンド(低音部)を担ったが、ベートーヴェンが教育目的でセコンドを弾く状況で作曲したものもあれば、両者総力戦の《大フーガ》もあり、それぞれのピアニズムと息の合ったアンサンブル(夫婦で息が合わないと、別の心配もしてしまう)の両方を楽しめた。渡邉の厚みのあるバス、寺田のキラキラ輝くソプラノは完全にソリストのレベルをキープしているので、ハウスムジーク(家庭音楽)風の軽やかな楽曲であっても、後の交響曲や協奏曲、ソナタなどへと連なるベートーヴェンの豊かな楽想の萌芽を抜かりなく描出してみせる。珍しい作品の数々を、極上の演奏で聴けた。

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