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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

三ツ橋敬子が満を持してのN響デビュー森谷真里と福井敬のゴージャスな歌声で


カチッとしたN響定期とは異なる趣のメニュー

NHK交響楽団「2021年4月の演奏会」最初のプログラムは10&11日のサントリーホール。三ツ橋敬子がデビューから約15年を経て初めて、N響を指揮した。独唱に東京二期会のトップ歌手2人ーー森谷真里(ソプラノ)と福井敬(テノール)を迎え、モーツァルトとマスネ、プッチーニのアリアや二重唱と管弦楽、ヴェルディの「歌劇《シチリア島の夕べの祈り》」から「バレエ音楽《春》」を組み合わせたプログラミングは、コロナ禍以前の「N響定期」ではなかなか見られなかったものだ。かつての名誉指揮者、ホルスト・シュタインが好んだワーグナー名曲集や、ネッロ・サンティが娘のソプラノを起用してのイタリアオペラ全曲の演奏会形式上演とも異なる実質「森谷&福井のアリアと重唱ジョイント・リサイタル」。オペラのピットに入る機会が稀なN響が以前なら東京フィルハーモニー交響楽団に〝投げて〟いた類の仕事を嬉々として奏で、女性指揮者のデビューを盛り立て、トップ・オーケストラに相応しい聴きごたえを満喫させたこと自体に、新しい時代の息吹を実感する。


久しぶりに接する三ツ橋の指揮は脱力が行き届いて無駄な動きが消え、要所要所を適確に締めながら豊かな響きを立ち上げ、歌の呼吸にピタリと合わせる職人的手腕の冴えもみせるような方向に変貌していた。以前は小柄な身体をカバーするかのようなオーバーアクションが時に、音楽を空回りさせる傾向なきにしもあらずだったが、現場体験を重ねて〝打率〟を着実に上げてきたようだ。このタイミングでN響と出会ったのは、まさに「満を持して」の幸運&チャンスだった。ヴェルディのバレエ音楽での弦の歌わせ方、実はR・シュトラウスやドビュッシー、ベルクらと同じ時代を生き、オーケストラを舞台に上げると急激に「モダン・ミュージック」の実態が露わとなるプッチーニのスコアを色彩豊かに再現する手腕など、伴奏だけに止まらない三ツ橋の堅実な解釈力も十分、確かめることができた。


森谷はホールを満たす豊かな声量を敢えて武器とはせず、どこまでも芯の通った最弱音で装飾音型を一切の揺れなしに歌いこなすテクニック、ドラマティックな表現で魅了した。還暦(60歳)に近いとは思えない福井の変わりなく豊かな声、長年にわたり主役を歌い続けてきた存在感をここまでたっぷり、オーケストラとの共演で味わえる機会も稀で、満足した。最後に置かれた「バタフライ」のデュエット。森谷のチョウチョウさん、福井のピンカートンという組み合わせで演出付の舞台上演が観られるのかどうか定かではないし、ともに貫禄あり過ぎのような気もするが、演奏会形式では2人の優れた資質が異常なまでの化学反応と燃焼をみせ、コロナ禍でブラヴォーの嵐こそないものの、熱く長い拍手が聴衆の味わったカタルシス(鬱積した感情の解放)の強さを物語っていた。


マスネの「歌劇《タイス》の《瞑想曲》」で素敵なヴァイオリン・ソロを奏でた第1コンサートマスターの篠崎史紀(MARO)をはじめ、首席奏者たちの妙技の聴きどころもふんだんに用意された楽しく、オシャレな演奏会だった。

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