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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

レナエルツ・濱地崇&鈴木秀美・ケンぺ

クラシックディスク・今月の3点(2021年12月)


「ウィーンの物語(Vienna Stories)」

アンネレーン・レナエルツ(ハープ)

※のみ=ライナー・ホーネック、ベンジャミン・モリスン(ヴァイオリン)、ゲアハルト・マルシュナー(ヴィオラ)、ラファエル・フリーダー(チェロ)、ミヒャエル・ブラデラー(コントラバス)

ドヴォルザーク「歌劇《ルサルカ》から《月に寄せる歌》」、スメタナ「連作交響詩《わが祖国》から第2曲《ヴルタヴァ(モルダウ)》」、ワーグナー「楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》から《ヴァルター優勝の歌》」、ツァーベル「グノーの歌劇《ファウスト》の主題による幻想曲」、リスト「交響詩《前奏曲(レ・プレリュード)》」、レナエルツ「プッチーニの歌劇《ラ・ボエーム》による幻想曲」、ヴァルター=キューネ「チャイコフスキーの歌劇《エフゲニー・オネーギン》の主題による幻想曲」、R・シュトラウス「歌劇《ばらの騎士》のワルツ」※、J・シュトラウスⅡ「ワルツ《美しく青きドナウ》」※


1987年ベルギー生まれのハープ奏者レナエルツは2010年12月から、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者を務める。就任直後に東京でインタビューしたが、音楽と向き合う姿勢のひたむきさだけでなく、幅広いレパートリーを柔軟にこなすポテンシャルの高さが記憶に残っている。


ハープ奏者がソロ(2曲だけ、ウィーンの同僚との合奏)をリリースする場合、メインはハープのオリジナル曲、一部に名曲のトランスクリプション(編曲・再構成)の形が多い。この2021年3月17ー20日、ウィーンのカジノ・バウムガルテンでのセッション録音は、レナエルツ自作の「《ラ・ボエーム》幻想曲」も含め、トランスクリプションだけで1枚のアルバムを構成した。原曲はオペラ、管弦楽曲の名曲。よく見ればウィーン・フィル、母体のウィーン国立歌劇場管弦楽団が日常から弾き込んだ作品ばかりだ。


レナエルツはウィーンの職場の「日常」をハープに投影、しっとりと落ち着いた雰囲気を漂わせながら説得力に富み、人の心に染み入る音楽を奏でていく。《ルサルカ》《ヴルタヴァ》《レ・プレリュード》など中欧から東欧にかけての作品はベルギー出身、パリ音楽院出身のハープ奏者にとって最初「アウエー」の領域だったはずだが、ウィーンでの多彩な音楽体験を通じ、見事に自家薬籠中の音楽に仕上げている。非常にリラックスできるアルバム。

(ワーナー ミュージック)


モーツァルト「ホルン協奏曲全曲(第1ー4番&協奏風ロンド)」

濱地崇(ホルン)、鈴木秀美指揮群馬交響楽団


2021年は日本を代表するホルン奏者によるモーツァルトの協奏曲集が2点、相次ぎ発売された。最初はNHK交響楽団首席(現在は契約首席)の福川伸陽と鈴木優人(指揮&チェンバロ)率いるモーツァルト・コンソート・ジャパンのセッション録音(キング)、次いで群馬交響楽団(群響)主席の濱地崇(はまじ・かなめ)と優人の叔父に当たる鈴木秀美が指揮する群響によるライヴ録音(2021年7月30日、高崎芸術劇場音楽ホール)が現れた。


私は濱地盤ライナーノートを執筆するため、2つの音源を何度も交互に聴いた。優人のチェンバロを交え、涼しげな響きの中に現代の洗練を極めたホルンが溶け込む福川盤に対し、濱地は「狩の楽器」のルーツを思わせるワイルドな感触、金管楽器のマッチョな音圧を基調に、常設アンサンブルである群響が長く培ってきた重心低く落ち着いた響きと対峙する。秀美はオーケストラの様式感を整えるだけにとどまらず、カデンツァも含め、濱地に多くのアドバイスを与えたという。「古風なのに新鮮」で、地に足のついた音楽の魅力は大きい。

(フォンテック)


「ミュンヘン・フィル・コンプリート・CBSセッションズ1968」

ルドルフ・ケンぺ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、ネルソン・フレイレ(ピアノ)

ディスク1=シューベルト「交響曲第8番《ザ・グレイト》」、R・シュトラウス「メタモルフォーゼン」

ディスク2=ドヴォルザーク「弦楽のためのセレナード」、チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」

ディスク3=グリーグ、シューマン「ピアノ協奏曲」、リスト「死の舞踏」


20世紀後半のドイツを代表する指揮者、ケンぺ(1910ー1976)への評価は死後四半世紀以上を経た21世紀の日本で劇的に復活、今も高まり続けている。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団首席オーボエ奏者だった時期、カペルマイスター(楽長)はブルーノ・ワルター、コンサートマスターはシャルル・ミュンシュ、首席ヴィオラ奏者はフランツ・コンヴィチュニーだった。1935年に指揮へ転じ、バイエルン州立歌劇場やドレスデン国立歌劇場、バイロイト音楽祭、ロイヤル・オペラ、メトロポリタン歌劇場など世界のオペラハウスや音楽祭に登場、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、BBC交響楽団、バンベルク交響楽団、チューリヒ・トーンハレ管弦楽団の首席指揮者や音楽監督を歴任、1967年から亡くなるまでミュンヘン・フィルの音楽総監督を務めた。


就任直後の1968年5月22ー27日、ドイツCBS(現ソニーミュージック)はケンぺ指揮ミュンヘン・フィルの初レコーディングをビュルガーブロイで行なった。当時のLP盤にして4枚分の曲目を、たった6日間で収めた離れ業。プロデューサーはハンス・リヒャルト・シュトラッケ、エンジニアには当時高名だったヘルムート・コルベとともに、ウルリヒ・ミュラーが名を連ねる。録音時点23歳のフレイレをさらに強力に売り出すため、ピアノ協奏曲の定番4作品を短時間で収めるロケーションにミュンヘンを設定、オペラ指揮者で〝合わせ物〟が巧みだったケンぺを口説き落としたという。見返りにシューベルト、R・シュトラウスとドヴォルザークの2点(オリジナルLPベース)を録音したとの説がある。当時のケンぺ、ミュンヘン・フィルの日本での評価はカラヤンとベルリン・フィルの影に隠れて振るわず、《ザ・グレイト》の国内盤をCBSソニー(当時)が発売したのは、録音の8年後だった。

2021年10月31日に77歳で亡くなったフレイレは「一番お気に入りの自分のレコードを敢えて挙げれば、ケンぺとのチャイコフスキー。一番気の合った指揮者はケンぺ、30ー40回は共演しました」と、1982年に語った。晩年とは一味違う、切れ味鋭い演奏が楽しめる。


解説書に掲載されたケンぺ自身の言葉:「さがすべきではない。めぐり合うべきである。さがすとは、意識的な小細工を意味する。めぐり合うのは、作曲者とその音楽に対する献身の結果である」は、この控えめで高貴な音楽家の本質を自ら言い当てている。シューベルトの《ザ・グレート》は今も私にとって最高の演奏の1つであり、ここ何年かはエソテリックのSACD・CDハイブリッド盤を聴き続けていた。今回はソニーの2トラック・ステレオのオリジナル・アナログ・マスターをニューヨークに持ち込み、アンドレアス・K・マイヤーがDSDリマスタリングを施した新しいエディションを採用した。当時の南ドイツのオーケストラらしい朴訥な音色や第1、第2ヴァイオリンを左右に分ける対向配置を通じ、ケンペが目指した「作曲者、作品とのめぐり合い」のプロセスが従来以上の解像度で伝わってくる。

(ソニー ミュージック)


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