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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ジョルダン・北村朋幹・エル=バシャ

クラシックディスク・今月の3点(2024年4月)


ワーグナーとリストは義理の親子関係

ワーグナー「舞台神聖祭典劇《パルジファル》」全曲

フィリップ・ジョルダン指揮ウィーン国立歌劇場&合唱団、ヨナス・カウフマン(パルジファル=テノール)、エリーナ・ガランチャ(クンドリー=メゾソプラノ)、ヴォルガング・コッホ(クリングゾル=バリトン)、リュドヴィク・テジエ(アムフォルタス=バリトン)、ゲオルク・ツェッペンフェルト(グルネマンツ=バス)、シュテファン・ツェルニー(ティトゥレル=バス)

ソニークラシックスには前身のCBS時代からワーグナー楽劇の全曲盤がほとんどなく、今回は題名役カウフマンとの専属契約の関係で発売権を得たと思われる。制作はオーストリア放送協会(ORF)主導で映像ソフトの関係でウニテルも名を連ねた。2021年4月8日と11日のライヴ録音と表記されてはいるが、当時はコロナ禍中だったために無観客上演であり、実質セッション録音と同じクオリティ、静けさが確保された。


輸入盤の日本語ブックレット付き国内盤仕様。ヨーロッパ生産&プレスの284ページの豪華なハードカバーのブックにディスク4枚が収まる。


パリ・オペラ座の音楽監督時代からワーグナーを得意としてきたジョルダンはニューヨークのメトロポリタン歌劇場でも「リング(ニーベルングの指環)」全曲の通し上演を指揮、するなど、1974年生まれの中堅世代にしては異例なほどの指揮経験を持つ。《パルジファル》に関しては父アルミン・ジョルダンの録音もあり、親子2代で同曲の全曲盤を完成した指揮者にもなった。ウィーンの美音を生かし、どこまでも静かに内面へと向かう音楽には深い味わいがある。キャスト全員の歌唱水準が高いレベルで拮抗しているのも素晴らしい。

(ソニーミュージック)


リスト「《巡礼の年》全3年」

北村朋幹(ピアノ)

Disc 1

リスト: 巡礼の年 第1年「スイス」S.160

グリーグ: 抒情小曲集 より 4曲

Disc 2

ドビュッシー: 夜想曲

リスト: 巡礼の年 第2年「イタリア」S.161

Disc 3

ワーグナー/リスト:「夕星の歌」(歌劇「タンホイザー」より)S.444

ノーノ:.....苦悩に満ちながらも晴朗な波...

リスト:巡礼の年 第3年 S.163

リストの娘コジマは最後、ワーグナーの妻となるので、2人の作曲家は義理の父子の関係にある。リスト自身も恋多き男性だったが、マリー・ダグー伯爵夫人との愛の逃避行の過程で《巡礼の年》という傑作を生み出してしまうのだから、やはりただものではない。その後の人生に起きた多くのイベント、事件それぞれも映しつつ、より抽象的で洗練された音像へと昇華させたところに、ピアノ音楽作曲家としてのリストの並外れた才能と手腕が存在する。


北村は表題性に殊更こだわらず、純粋な鍵盤音楽としてリストを再現しつつ、時代を超えた作曲家たちの音楽を明確な意図の下に対峙させ、「外から内」のベクトルでリストの描こうとした世界を炙り出す。あれこれと想像をめぐらせながら、押し付けがましさのない演奏に身を委ねるうち、3枚のディスクをストレスなしに聴き終えることができた。


2023年1月4〜5日、3月7〜9日、8月28〜30日に埼玉県・所沢市民文化センターMUSEの小ホール(Cube Hall)でセッション録音

(フォンテック)


プロコフィエフ「ピアノ・ソナタ第6、7、8番《戦争ソナタ》」

アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)

ベイルートの音楽一家に生まれたエル=バシャが1978年、ブリュッセルのエリザベート王妃国際音楽コンクールのピアノ部門で審査員全員一致の1位と聴衆賞を獲得した時に1958年生まれと知り「世界には自分と同い年でもう、こんなに凄い成果を獲得する人がいるんだ」と驚いた記憶がある。経歴には「10歳でクラウディオ・アラウに将来を嘱望され」とあり、私がドイツにいた頃、アラウの演奏会のキャンセルが続いた折(後で知ったのは妻と息子が相次いで亡くな理、精神的に落ち込んでいたそうだ)、エル=バシャが代役を務める機会が多かった理由にも納得が行った。1980年に初来日、オトマール・スウィトナー指揮のNHK交響楽団定期演奏会で弾いたベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》」の鮮やかなソロは今も記憶に残る。頻繁に来日を重ね、戸田弥生(ヴァイオリン)をはじめとする日本人アーティストとも積極的に共演、小さな催しでも気さくに応じるため、派手さは失せても「草の根」的に支持され、愛されてきた。


ヴィルトゥオーゾの腕にいささかの衰えもないことは、2023年5月9〜11日に東京の品川区立五反田文化センターでセッション録音した今回のプロコフィエフでも明らかだ。ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとパレスチナ、イランの関係悪化などで世界の緊張が再び増すなか、第二次世界大戦の時代にプロコフィエフが作曲した3つのソナタの持つ意味もまた、重みを増している。ナチス・ドイツと戦う旧ソ連の体制を肯定するというよりは、戦争にまつわる人間の本質や苦闘を深い次元で描いた《戦争ソナタ》と今、改めてエル=バシャの優れた演奏を介して向き合い、色々な思いが脳裏をよぎった。SACDとのハイブリッド盤

(MClassics=妙音舎)



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