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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

コロナ下「オペラ座の怪人」に思うこと


プログラム、今日のキャスト表とロンバール指揮「魔笛」CDのブックレット

劇団四季が1988年に上演を開始したアンドルー・ロイド=ウェバーの名作ミュージカル「オペラ座の怪人(ファントム・オヴ・ジ・オペラ)」日本語版(浅利慶太訳・原演出)を2020年12月2日、東京・浜松町の「JR東日本 四季劇場《秋》」で観た。今年10月に改築再開した新劇場のこけら落とし公演。生オーケストラを3人の指揮者が交代でリード、ファントムとクリスティーヌはトリプル、他はダブルのキャストで臨むロングランを新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴う経営危機と直面しつつ、果敢に続けている。


1988ー1992年をドイツで過ごした私が最初に観たのは1998年。今井清隆のファントムだった。当時、ドイツのハンブルクではオペラを歌えなくなったヘルデンテノール(ワーグナー楽劇などで英雄的役柄を歌うパワフルな声のテノール)のペーター・ホフマンがドイツ語版「ファントム」の主役を務めていた。今も「YouTube」に残る動画はなかなか立派で、妙な先入観から観る機会を逸したのが悔やまれてならない。出がけにコンビニで受け取ったアラン・ロンバール指揮の「魔笛」(モーツァルト)全曲盤は1978年録音の初CD化で、ホフマンが王子タミーノを歌っている。何という偶然! 今日の四季の「ファントム」にも東京オペラ・プロデュースなどの公演で何度かご一緒した平良公一(バリトン)、2015年のパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)札幌の「ナクソス島のアリアドネ」(R・シュトラウス)の舞踊教師役で接した日浦眞矩(テノール)ら、旧知のオペラ歌手が出演していた。マイクを通しても発声の良い歌手が増え、日本語も明瞭に伝わる。

今日の指揮者、濱本広洋のテイストか、テンポがゆっくり目に設定されているので余計オペラの世界に接近し、ロイド=ウェバーの名作がすでに古典の仲間入りを果たした事実をはっきりと印象付ける。最初はモタモタしているとも思ったのだが、次第に濃い情感が広がり、とても味わい深い音楽に結晶した。COVID-19に疲弊した人々の心にしみいる音楽といえ、幕切れにかけてがジーンと胸に迫り、この作品の鑑賞で久しぶりの涙腺決壊に至った。まったりと落ち着いた雰囲気の「ファントム」というのも「なかなかいいなあ」と思った次第。

すっかり若返ったキャストもよかった。初期のファントムの市村正親、鹿賀丈史、山口祐一郎、ラウルの石丸幹二ら個人のスター性にかわり、歌とダンス両面のアンサンブルの緻密さと粒のそろった発声で魅了する。ファントムの岩城雄太、ラウルの加藤迪、クリスティーヌの海沼千明はそろって若々しい精彩を放ち、美声のどこかに甘さを漂わせるのがいい。全身全霊打ち込んでの歌唱と演技で、完全燃焼。新しい世代の生命感も、今の私たちの希望だ。

振り返れば東京だけでなく横浜、広島、ニューヨーク、ロンドン、ソウル…と様々な街、言語で「ファントム」を観て、いつも楽しんできた。クラシック音楽側には「ステレオタイプのオペラのまがい物」といった厳しい批判も存在するが、1986年の世界初演からこれほど長期間、世界の観客に支持され続けてきた理由をもう一度、よく考えてみようと思う。

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