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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

カラブチェフスキー&サンパウロ響のヴィラ=ロボス・ルガンスキー・益田正洋

クラシックディスク・今月の3点(2021年2月)


ヴィラ=ロボス「交響曲全集(第1ー4番&第6−12番)」「バレエ音楽《ウイラプルー》」「マンドゥ=サララ」

イサーク・カラブチェフスキー指揮サンパウロ交響楽団・合唱団(合唱指揮=宗像直美)

未知の作品との遭遇! 今年1月末にチェロの水谷川優子、ピアノの黒田亜樹によるヴィラ=ロボス作品のみによるデュオ・リサイタルを聴き、「ブラジル風バッハ」だけにとどまらない作曲家の底知れない世界に目を開かれたばかりだ:


前後してブラジル政府と組み、同国作曲家のシリーズ録音を始めたナクソスから「交響曲全集」「合唱編曲集」がリリースされ、あまりの面白さから、一気に聴き終えてしまった。作曲者自身が遺した言葉ーー「私の作品は返事を期せずして書いた、後世の人たちへの手紙だ」の通り、どの楽曲も、時代を超越した新鮮な発見に満ち満ちている。「交響曲」の常識をはみ出し続ける11曲(第5番は楽譜が失われていて、欠番)はそれぞれ個性的であり、最大規模の「第10番」は「テノール、バリトン、バスと混声合唱、オーケストラのためのオラトリオ」の副題を伴う。合唱の入った作品ではコロナ禍で亡くなったブラジル在住の日本人合唱指揮者、宗像直美の仕事をしのぶことができる。すべて初耳の作品群にあって、「第8番」冒頭に現れるシューベルト「交響曲第8番《グレート》」と全く同じ主題は異彩を放つ。金子建志氏は「レコード芸術」誌2021年3月号の月評で「1950年作曲だから、《紺碧の空》(古関裕而作曲の早稲田大学応援歌)を、卒業生がブラジルに持ち込んでいても、おかしくはない?」と記した。ウィキペディア(ネット百科事典)によれば、ブラジルは「世界最大の日系人居住地であり、1908年(明治41年)以降の約100年間で13万人の日本人がブラジルに移住した。約160万人の日系人が住むと」という。近年は日系3世、4世が日本に働きに来て定住する動きも目立ち、ブラジル野菜ルッコラの普及にも貢献した。


日本人にとって最も親しみのある南米の国ということもあるのか、いずれの楽曲もスーッと耳に入ってくる。オーケストラの響気にも独特の野趣、エスニックな感触の賑わいがあって、味わい深い。心身とも、解放される感じ! 指揮者のカラブチェフスキーは1934年サンパウロ生まれのロシア系ブラジル人。ドイツでピエール・ブーレーズ、ヴォルフガング・フォルトナーらに作曲と指揮を学び、ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団首席指揮者やヴェネチアのフェニーチェ歌劇場の音楽監督を歴任した。私は1999年6月、第2回シアターオリンピックス静岡でフェニーチェが所有するロバート・ウィルソン演出「蝶々夫人」(プッチーニ)の舞台をアクトシティ浜松大ホールで観て、ピットに入った新日本フィルハーモニー交響楽団を指揮するカラブチェフスキーを聴いた経験がある(トーンキュンストラーと来日した際は、聴き損ねた)。非常に共感度が強いのはもちろん、適確なコントロール能力を備え、未知の作品への水先案内人以上の貢献を果たす。分売もしているが、6枚組の日本仕様ボックスは日本ヴィラ=ロボス協会会長を務める指揮者、木許裕介氏による詳細極まりない楽曲解説のブックレット付きで、絶対のオススメである。(ナクソス・ジャパン)


ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第28、30、32番」

ニコライ・ルガンスキー(ピアノ)

咋2020年はベートーヴェン生誕250周年に当たったが、コロナ禍で記念演奏会の多くが中止あるいは延期の憂き目に遭った。「ならば録音を以って自身のアニヴァーサリーを刻印しておこう」と考えた演奏家は多いようで、2021年に入って以降、2020年録音の新譜発売が続く。ルガンスキーもまた、ベートーヴェンの後期ソナタ3曲を2020年7月、母校のモスクワ音楽院大ホールでセッション録音した。なぜ「最後の3曲」ではなく、「第31番」の代わりに幻想曲風の「第28番」を収めたかの理由は聴きこむうちに、だんだん明らかとなる(と思われた)。レコードとは記録。ルガンスキーは、21世紀の人々が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に闘う姿と、病だけでなく人生それ自体の闘争に明け暮れたベートーヴェンが最後に到達した境地を重ね合わせ、未来への希望を音に託したのだろう。


あり余るヴィルトゥオーゾ(名手)の技と音圧を一貫して内面へと注ぎ、並外れて清らかで美しい音が楽器の奥底から深々と響いてくる。写真では堅物に見えるけど、素顔のルガンスキーは話好きでユーモアのセンスにも事欠かず、人間的な温かみを常に感じさせる。「第28番」のリズミカルなパッセージには、そうした人柄も反映されている。「第32番」第2楽章アリエッタに至るまで、ルガンスキーの脳裏には「浄化」のコンセプトが一貫して存在していたと思われ、天上へと吸い込まれていくように見事な着地を決める。もっとドイツ音楽のレパートリーも聴いてみたいピアニストだ。(ハルモニア・ムンディ=キングインターナショナル)


「BACH on GUitar 3〜6つの無伴奏チェロ組曲Vol.1 BWV.1007ー1009」

益田正洋(ギター)

J・S・バッハの「無伴奏チェロ組曲」全6曲を2度に分けてリリースする前編で、「第1ー3番」を収録。編曲も益田自身が行い、「第1番」をト長調からハ長調、「第2番」をニ短調からイ短調、「第3番」をハ長調からト長調…と、バッハ自身がリュート用に編曲した際に用いた手法ーー原調から完全4度ずつ移調した「近親調」で統一している。その反映かどうかは良くわからないが、「ギター奏者の個性」を強く押し出す行き方の真逆で、バッハの作品世界が前面に出てくる趣がある演奏だ。


益田はもともと優秀なギター奏者であり、絶えず人肌の温もりを感じさせる点に好感を抱いてきた。だが、ここまでバッハを深く研究し、原曲の持つ感触を損なわないまま、ギター独自の穏やかな響きも生かし、聴き手のごくそばに寄り添う演奏を達成するとは!正直、驚きでもあった。5月4日にはディスク発売記念のリサイタルもあると聞く。後半3曲のリリースも、待ち遠しくなってきた。(フォンテック)




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