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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「バスーン」にこだわる鈴木一成の柔軟なリサイタル@東京文化会館小ホール


夏の恋しくなるデザインがユニーク

2015年の第13回東京音楽コンクール木管部門でファゴット奏者として初の優勝を果たした時、鈴木一成(すずき・かずなり)はすでに神奈川フィルハーモニー管弦楽団の首席奏者(2013年入団)だった。首都圏のオーケストラのファゴット奏者中で屈指の実力者、神奈川フィル演奏会でのソロに耳を惹きつけられてきたが、楽器のキャラクターもあり、ソロリサイタルに接するのは2021年3月8日の東京文化会館小ホールが初めてだった。松山玲奈をピアノに迎え、トップ画像右下の曲目を奏でた。日本語の行が切れてしまった1曲目は、ポール・ジャンジャンの「前奏曲とスケルツォ」。アンコールは西澤健一作曲の「オーバード」、前半3曲目の尹伊桑「モノローグ」は無伴奏作品。同コンクール本選審査員を務めたことがあり、鈴木とは個人的にも親しいので出かけたが、掛け値なしに良い演奏会だった。


鈴木が自身のリサイタルをファゴットではなく「バスーン」と銘打ったこだわり、その背景を想像できるオシャレなリサイタルといえた。冒頭のジャンジャンではかなり緊張していたし、ヴィヴァルディは今どき稀なモダンピアノ伴奏に違和感を覚えもしたのだが、尹伊桑(最近はインターナショナルに「イサン・ユン」と表記される機会も多い韓国出身、ドイツで活躍した作曲家)の無伴奏作品でカツが入ったのか、以後、鈴木ワールドが全開した。それは超絶技巧を備えながらも決して表に出さず、作品にすべてを語らせる美徳以上の深い共感、優しい心持ちから醸し出される豊かな愛情を絶えず感じさせる音楽の時間だ。


後半ではシューマンのロマン、カリヴォダの変奏曲の楽しさ、ヴィラ=ロボスの情感…と、作曲家と楽曲の多様性を描き分け、バスーンの〝癒し系ゆるキャラ〟の音を楽しんだ。松山のピアノに「伴奏のプロ」的な物足りなさを覚える場面もあったが、カリヴォダやヴィラ=ロボスではそれ以上の積極性もみせ、時として地味になりがちなバスーンを一貫して光の当たる場所に立たせようとする配慮にも好感が持てた。2人が奏でたアンコール、西澤作品の優しい響きが、コロナ禍長期化で疲弊する人々への慰めに少しでもなったとしたら幸いだ。

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