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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「シュうリヒト」のベートーヴェン&チャイコフスキー、阪田知樹ともども快演


いつか本家のように

2022都民芸術フェスティバル参加公演「オーケストラ・シリーズNo.53 読売日本交響楽団」(2022年3月16日、東京芸術劇場コンサートホール)

指揮=松本宗利音(まつもと・しゅうりひと)、ピアノ=阪田知樹※、コンサートマスター=小森谷巧

モーツァルト「歌劇《後宮からの誘拐》序曲」

ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」※

ソリスト・アンコール:ドビュッシー「《子どもの領分》〜第2曲《象の子守歌》」

チャイコフスキー「交響曲第5番」


松本が1993年に生まれた時、ご両親は尊敬していたドイツの大指揮者カール・シューリヒト(1880ー1967)4人目の妻だったマルタ・シューリヒト=バンツ(1916-2011)に手紙を書いて正式に許可をとり、宗利音と名付けた。もし指揮者にならなかったら…と考えると不思議な気持ちになるが、幸いなことに最優秀の成績で東京藝術大学を卒業、プロの道を順調に歩み出した。2021年2月には来日できなくなった指揮者の代役でサントリーホールの読響名曲コンサートに登場、ブラームス「交響曲第2番」で優れた資質を印象付けた。


さらに同年9月、愛知室内オーケストラと非常勤講師のポストを得た愛知県立芸術大学の合同演奏会を指揮、シューマンの「交響曲第3番《ライン》」をスケール雄大に再現した。


都民芸術フェスティバルは読響とほぼ1年ぶりの再会。学生時代、アルバイトで働いていたオーケストラなので楽員たちとも親しく、全員が〝親心〟を発揮して松本のために弾く。モーツァルトがトルコ音楽を巧みに散りばめた「セライル(後宮)」序曲の溌剌とした表情、ベートーヴェンの思い切りいい伴奏指揮、「炎のマエストロ」のお株を奪いそうなほどに燃えた「チャイ5」とそれぞれの楽曲で、若い指揮者ならではの輝きを存分に発揮した。序曲だけではもったいない気がして終演後、「オペラ全曲を振りたくなるでしょう?」と尋ねたら「はい。序曲に本編の色々な主題が出てくるたび『ああ、全曲を振りたい』と思うのです」と即答した。30代の早いうちにヨーロッパへ出て、オペラのカペルマイスター(楽長)の修業にも励んでほしいと思う。


〝合わせもの〟に確かな手腕を発揮する能力は、ピアノ協奏曲の指揮でもはっきり現れていた。阪田はベートーヴェンだからといって重厚さを強調せずに18世紀音楽の軽やかさの余韻を踏まえ、呆気ないほどサラリと弾きはじめ、ごく自然に感興を盛り上げていく。第1楽章のカデンツァでようやく全貌が姿をみせ、第2楽章の沈潜を経て第3楽章の天馬空を行く快演まで一気に聴かせた。見事な演奏設計に感心していたら、アンコールにドビュッシーを弾きだした。音階や音列の随所にベートーヴェンが4番の協奏曲で探求した鍵盤楽器の新しい可能性の「その後」を感じさせ、ものすごく知的に吟味した選曲なのだと納得した。指揮者とソリストが同年齢で東京藝大も同学年の仲良し、所属マネジメントも同じというのは副次的要因でしかなく、音楽的に深く高い次元で共振する優れた協奏曲演奏だった。


チャイコフスキー。松本は「本当はもっと細かいところまで、きちんと出来ていたはずです」と反省?したが、「読響の子」を全身全霊で盛り立てる楽員の壮絶な熱気が細かな傷を恐れずに凄い音の奔流を生み出し、すべてをのみ込んだ。若さでガンガン押すように見えて旋律をたっぷり歌わせ、和声の妙を際立たせ、必要な箇所では十分なパウゼ(間)を置く。譜面台を立てていてもページを克明にめくるわけではなく、タクト(指揮棒)を持たず、長い腕と大きな手の動きでオーケストラから豊かなニュアンスを引き出す。ウクライナの血を引くロシアの作曲家…とか余計なことを考えず、純粋に音楽に浸り切る時間を楽しんだ。



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