• 池田卓夫 Takuo Ikeda

雄倉恵子・宮本益光&加藤昌則の新録音とペーター・レーゼルのSACD化音源

クラシックディスク・今月の3点(2022年4月)


「バッハ/シューマン」

雄倉恵子(ピアノ)

J・S・バッハ「主よ、人の望みの喜びよBWV147-6」(高橋悠治編曲)、「パルティータ第4番BWV828」あ

シューマン「クライスレリアーナ」「トロイメライ」

不勉強にして、全く存じ上げないピアニスト。師事した先生は田村宏、エディット・ピヒト=アクセンフェルト、井上直幸…と鬼籍に入って久しい名手たちばかりだし、活動もレコーディングや各地の音楽祭のアンサンブル・ピアニストが中心のようだ。「多分お弟子さんに配るための自主制作盤だろう」くらいの気持ちで聴き始め、自分の不明を全面的に恥じた。何という自然で、美しい音楽の姿形、人の心を瞬間でとらえる響きだろう。しかも新鮮だ。


今年1月に亡くなった音楽プロデューサー、平井洋氏が執筆したライナーノート「大器晩成、天職に至った異色のピアニストの稀有の記録」によれば、中堅世代に属して以後、加齢と逆行するようにドイツ古典派からロシアの技巧的作品へとレパートリーを広げ、毎年開くリサイタルを完売にしてきたという。今回のアルバムはコロナ禍で「リサイタル一休み」の年、2021年12月22ー24日に神奈川県の逗子文化プラザホールでセッション録音された。


平井氏は「透明な音楽が淡々と流れるバッハ、そのバッハが存分に入り込んでいるシューマン」が、「声高な言葉での慰みではないのだが、むしろ逆の淡々とした無私の語らいが、心身弱った方々の奥底に届いているようだ」と指摘する。心に染み入る音楽家の存在を最後に教えてくれた業界の先輩も偲び、ゆっくりと、何度も耳を傾けたくなる素敵なアルバムだ。

(ALMコジマ録音)


「シンガーソングライターー加藤昌則歌曲集ーー」

宮本益光(バリトン)、加藤昌則(ピアノ)、﨑谷直人(ヴァイオリン※)

加藤昌則「魔女の住む街」「祈りの街」「城壁となって」「落葉※」「俺らの町の数え歌」「桜の背丈を追い越して」「詩がある」「そこにある歌」「彦星哀歌※」「ここで歌うだけ」「レモン哀歌」「さくら」「《ME》より 《恋歌》※」「《花と鳥のエスキス》より《ぼくの空》《あたらしい日がくるたびに》」「《名もなき祈り》より《空に》《今、歌をうたうのは》」「もしも歌がなかったら」「平和へのソネット」「またね、またね」

作曲家&ピアニストの加藤、バリトン歌手で作詞家の宮本はともに1972年生まれ、東京藝術大学音楽学部の同期で、学生時代から「うた」を共作してきた。宮本が在学中の1995年に「桜声舎(おうせいしゃ)」を組織したとき、加藤を仲間に引き込んだ。「加藤さんが曲を創り、私が歌う。二人でホールを予約に行き、チラシを折って郵送し、お客の入らない公演を重ね、藝術談義を交わした」と、宮本はライナーノートで振り返る。当時から2人を応援してきた作曲家、池辺晋一郎も1文を寄せ、「宮本益光詩が13曲、彼の師であるたかはしけいすけ詩が5曲に、千家元麿と高村光太郎の有名な詩を加えた20曲ーーこれは実に、類い稀な歌曲集である」と評価した。2021年9月14ー16日、横浜市栄区民センター「リリス」でのセッション録音で、SACDとCDのハイブリッド盤。


歌曲だけでなく合唱曲やオペラ、シアターピース…様々な表現フォームを介して四半世紀以上、言葉と音楽の関係を究めてきた2人の作品、演奏からは驚くほど日本語が鮮明に聴こえる。そこに浮かぶ情景には若者のときめきもあれば、世界を眺める優しい眼差し、少しでも世の中を良くしようとする意思など様々だ。20曲それぞれ、聴き飽きることはない。最後に収めた「またね、またね」は「会津で白虎隊を題材にしたオペラ《白虎》(台本:宮本益光 作曲:加藤昌則)の初演、その成功を記念して書いた」(宮本)作品。このオペラプロジェクト(2012年初演、2018年再演)のエグゼクティブプロデューサーを務め、宮本と加藤を指名した者としては、一つの作品がまた、次の新しい作品を生む創作連鎖のような展開も心から、嬉しいと思う。

(EXTONオクタヴィア)


ラフマニノフ「ピアノ協奏曲全集(第1ー4番と《パガニーニの主題による狂詩曲》)」

ペーター・レーゼル(ピアノ)、クルト・ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団

旧東独(ドイツ民主共和国=DDR)を代表するピアニストだった時代のペーター・レーゼル最高の名盤の1つがタワーレコードにより、世界初SACD化(CDとのハイブリッド盤)された。旧ドイッチェ・シャルプラッテンのオリジナル・マスターテープをアナログ状態のままマスタリングした後、SACDはダイレクトにDSD化、CDは高品位デジタル化した。


1945年ドレスデン生まれのレーゼルはモスクワ音楽院に留学、同い年の野島稔とともにレフ・オボーリン教授のクラスでロシア音楽の解釈、奏法を修めた。「当時のDDRには指の回るピアニストがいなかったのと、国営レコード会社がピアニストごとに異なるレパートリーをあてがっていたので、自分は最初、ロシア物のスペシャリストとして売り出された」と、ドイツ統一(1990年)から何年か経た時点のインタビューで語ってくれた。


ベルリン交響楽団(2006年以降はベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)は1952年に現在の態勢を整え、父ザンダリンク(ザンデルリンク)は1960ー1977年に首席指揮者を務めた後も2002年の引退演奏会まで、密接な関係を保った。ドイツ人だがユダヤ系、ナチスを逃れて1935年に旧ソ連へ亡命、1960年まで在住したため、ロシア音楽の指揮も得意としていた。共通の基盤を持つレーゼル、ザンダリンクは1978年から1982年にかけ、1曲あたり3〜4日と十分な時間のセッションを費やしてラフマニノフの全集を完成した。収録はすべて「Christuskirche(キリスト教会)」と記されている。


ラフマニノフの協奏曲は長く「時代遅れのロマンティスト」「情緒てんめんで甘い」といった偏見にまみれてきたが、20世紀前半を代表するヴィルトゥオーゾ(名手)だった作曲家自身が残した演奏はモダンで、颯爽としている。レーゼルとザンダリンクの演奏も楽曲の構造をしっかりと見据え、余計なショウアップには目もくれない辛口で、モダンミュージックの本質を鋭くとらえている。同時に発売されたチャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」(クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団との1981年録音)とプロコフィエフの「同第2番」(ハインツ・ボンガルツ指揮ライプツィヒ放送交響楽団との1969年録音)、ストラヴィンスキーの「ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ」(ヘルベルト・ケーゲル指揮ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団との1978年録音)を収めた1枚でも、「ロシア物スペシャリスト」時代のレーぜルの快演を存分に楽しむことができる。

(ベルリン・クラシックス=タワーレコード)

https://tower.jp/article/feature_item/2022/03/02/1110


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