• 池田卓夫 Takuo Ikeda

真央・ゴーティエ&ユジャ・橋本京子



モーツァルト「ピアノ・ソナタ」全集(第1−18番)

藤田真央(ピアノ)

藤田はソニークラシカルとワールドワイドで契約した最初の日本人ピアニストとなった(河村尚子はドイツ・ソニー、中村紘子、小山実稚恵は日本のソニー)。第1作は2020/2021シーズン、スイスのヴェルビエ音楽祭などヨーロッパ各地で弾き込んだ「モーツァルト・ソナタ全集」のCD5枚組(プラス特典映像のBlu-ray)。「幻想曲」や「ロンド」などの小品を交えず「ソナタ」だけ18曲を2021年8月、10月、11月と3回のセッションに分け、ベルリンのスタジオ「b-sharp music & media solutions」で収録した。


演奏に関しては東京・王子ホールで続けている全曲演奏シリーズの第2回について、このHPで行ったレヴューの通り。全く申し分ない:


「藤田はヴォルフガング・アマデウスの精神のみならず肉体とまで時空を超えて一体化、憑依というよりはモーツァルトそのものになりきって瞬間ごと、ありとあらゆる感情の動きをそのまま鍵盤を介し再創造していく。やれアーティキュレーションがどうした、前打音はこうすべきだ、18世紀の強弱法の基本とは…などなど、後世の音楽学者や評論家のチェックポイントをするりとくぐり抜け、天才的な音のドラマを縦横無尽に繰り広げる。こういうタイプのピアニストは作曲家との相性の良し悪し、その日の体調や気分で演奏が一変する。藤田とモーツァルトのマッチングは最高、グレン・グールドを思わせるハミング、うなり声も伴う演奏は装飾音をはじめ、即興のスリルにも満ちていた。もちろん18世紀音楽の軽やかさを意識したタッチのコントロールなどメカニックの備えも十分で、必要とあればチャイコフスキー国際コンクール第2位受賞の輝かしいフォルテも轟かせる。もう何度も書いてきたフレーズだけど、また、記す。藤田真央は間違いなく超常現象だ!


特典映像には録音プロデューサーのフィリップ・ネーデル、ヴェルビエ音楽祭創設者のマーティン・エングストローム、「モーツァルト弾き」の大先輩で今は指揮者として藤田を支えるクリストフ・エッシェンバッハ、ベルリンの師キリル・ゲルシュタインのコメントが収められ、一様に「泡が弾けるシャンパンのような真央の魔法」(エングストローム)に魅せられている自分を率直に語る。ベルリンのアパートで「日清チキンラーメン」を作って食べる様、楽譜に書き込みを入れる姿を見て驚いたのは、左利きだったこと。早速本人にメールで確かめると「藤田真央はもともと右利きなのですが、左手の動きを良くしようと、暇だったコロナ禍に、すべて左に変換しました!すっかりお箸や鉛筆を上手に使えるようになりました」と、驚きの返信。いつの間にか英語もドイツ語も流暢にこなしているし、天才の裏には桁外れの努力家の素顔が潜んでいる。


1枚目を再生したら面白過ぎて、気づけば5枚目まで聴き終えている鮮やかな音楽の洪水。

(ソニーミュージック)


「ラフマニノフ&ブラームス作品集」

ゴーティエ・カピュソン(チェロ)、ユジャ・ワン(ピアノ)、アンドレアス・オッテンザマー(クラリネット)※

ブラームス「チェロ・ソナタ第1番」

ラフマニノフ「チェロ・ソナタ」

ブラームス「クラリネット三重奏曲」※

中国から世界に羽ばたいた剛腕ピアニストがフランス、オーストリアのイケメン奏者2人を従えた「プリマドンナ・アルバム」などと思う人がいたら、とんでもない勘違いだ。かつてレオニダス・カヴァコス(ヴァイオリン)とブラームス「ヴァイオリン・ソナタ」全集(デッカ)をリリースした時も驚いたが、ユジャは心から室内楽を愛し、共演者と音楽の「会話」を楽しんでいる。ワーナーミュージックと契約しているゴーティエをドイッチェ・グラモフォン(DG)に借り、ベルリン・フィル首席のアンドレアスに応援を頼み、ユジャが2021年7月2日、ドイツ・ノルトライン=ヴェストファーレン州ドルトムント市のコンツェルトハウスで開いた室内楽演奏会。そのライヴ録音ではソロとオブリガートの交代、デリケートなタッチの反応などを通じ、室内楽ピアニストとして長足の進歩をみせている。


名器ゴフリラーを駆使したゴーティエの朗々とした響き、クラリネット一家の次男坊アンドレアスの肉厚の音色とユジャのクリスタルな音色のブレンドには明確な個性が輝いている。

(DG=ユニバーサルミュージック)


ドビュッシー「前奏曲集第1巻」

寺嶋陸也「12の前奏曲」

橋本京子(ピアノ)

2021年6月29&30日、神奈川県・相模湖交流センターでセッション録音。橋本は1978年から世界を転々と渡り歩き、現在はカナダのモントリオール在住の名手。1点1点のリリースが常に強い「匂い」を放ち、根強いファン層を持つ。今回の新譜にも高橋悠治が巻頭言を寄せている。その「聴く度ごとに、ちがう瞬間に発見の光を垣間見る可能性」の一文は、橋本の演奏の特色を見事に言い当てている。とにかく「濃い」ドビュッシーだ。若いピアニストが見落としがちな、厳格な構造の背後に潜む作曲者の人間性の〝ドロドロ〟を白日の下に曝け出す瞬間もあれば、ずうっと遠い先に憧れの光を投げかける瞬間もある。これほど多種多様な音楽の「相」をみせながら、全体の造形には寸分の狂いもない。


オペラシアターこんにゃく座で活躍する作曲家&ピアニスト、寺嶋の「前奏曲」と組み合わせたアイデアも秀逸。ドビュッシーから受け継いだもの、寺嶋が新たに編み出したものをバランスよく引き出し、違和感のない流れを生み出している。

(ライヴノーツ=ナミ・レコード)






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