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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

根っからの歌役者、バリトンの晴雅彦が笠松泰洋の超絶歌曲集に挑むリサイタル


普段のコミカル路線とは正反対の真剣勝負

日本の声楽界は依然、東京、大阪、九州、四国、北海道…と地域色が濃く、一握りのスター歌手を除けば、全国で活躍する機会は限られている。晴雅彦は大阪音楽大学を卒業、ドイツ留学を経て現在は母校の教授を務める関西楽壇の要人ながら、東京の新国立劇場オペラには欠かせない脇役の1人だ。開場当初から、コンスタントに出演を重ねる。朗々と響くバリトンの美声と明晰な発音はもちろん、ヒロインの悲劇を盛り立てる「ここ一番の泣き」からトランスジェンダー(性差超越)の怪演まで、振れ幅の大きい演技のひきだしが多くの演出家、指揮者、作曲家に高く評価され、全国区のステータスを不動にした。


その才能に惚れ込んだ作曲家、笠松泰洋は2011年に東京文化会館で中嶋彰子(ソプラノ)が初演したオペラ「人魚姫」の共演者、1人で6通りのキャラクターを歌い分ける難役に晴を起用、大成功を収めたことが2019年のウィーン初演(英語版)にもつながった。今度は晴が「2015年の自身のデビュー25周年にちなみ、シューベルトの連作歌曲集《冬の旅》のように、一生歌い続けられる歌を書いてほしい」と委嘱。笠松は学生時代からの友人でフランス文学者・詩人、現在は国際基督教大学楽長でもある岩切正一郎に晴のための詩作を依頼した。「ほんの1、2曲」のはずが、岩切は「格差社会やダイバーシティー、地球環境など多様な現代批評を散りばめてアポカリプス(世界の終末)まで踏み込み、最後は晴さんが己の人生を歌う」(笠松)という10篇の極めて難解な詩を書き上げた。



大阪リサイタル(2020年)

「全曲暗譜で臨みたい」と考えた晴はまず、第1曲「もうひとつの」と第10曲「鳥のように」だけを初演。5年後の2020年に大阪で「連作歌曲集《鳥のように》」の全10曲初演を果たした。「ここまで音楽と真剣に向き合い、脇役の美学を貫き、すべてを歌に捧げる人の凄さを東京のお客様にもぜひ、お伝えしたい」。笠松の熱望を国際音楽交流研究所の高森みや子代表が受け止め、2022年5月20日午後7時、トッパンホールでの東京初演が実現する。「鳥のように」では暗譜の利点を生かし、ドイツ語圏で活躍する菅尾友が演出を施す。組み合わせは、広崎うらんがステージングをディレクションするオペラ「人魚姫」の抜粋。共演の石橋栄実(ソプラノ)、矢崎真理(ピアノ)とも、晴の大阪音大の同僚だ。


最後に晴の話を、テレワーク形式で聞いた:


「とにかく難しい作品です。今までに歌った中で、いちばん難しい。最後の曲《鳥のように》は岩切先生が色々と尋ねてくださったので、自分に近いものがあるし、歌いやすいですが。それでも一生かけて向き合うと決め、歌い続けるうちに第7曲《床みがき》から第8曲《風》、第9曲《果てしない庭》にかけての3曲にどんどん、引き込まれていきました」


「日本では脇役の一言で片付けられがちですが、ヨーロッパの劇場では確固としたスペシャリストの位置付けを与えられています。終演後の楽屋食堂でも主役を平気で〝いじる〟地元のスターとして、脇役がデンと君臨していました。私は若い頃から栗山昌良先生(演出家)に『ドラマトゥルギー(作劇術)から脇を演じる』作法ーー主役が生きるために必要なことだけを演じ、不必要なことはしないーーを徹底して教えられ、脇役の楽しみを覚えました」


「日本の演劇界にも助演男優賞、助演女優賞がありますが、音楽界にはまだありません。オペラの脇役はまだ、勉強の一つの過程のように思われているのが現状です。新国立劇場ではコロナ禍で外国人歌手の来日が難しかった時期を通じ、主役から脇役まで日本人歌手を適材適所に配するノウハウが目覚ましく蓄えられました。私も最近は『お客様が主役に感動される場面をつくっているのは、私たち脇役だ!』との誇りを胸に、舞台に立っております」



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