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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

村川千秋&山形響・タロー&ラングレー指揮ONF・髙橋望

クラシックディスク・今月の3点(2023年10月)


バッハの鍵盤曲の新譜が多かった

シベリウス「交響曲第3番」「カレリア組曲」「交響詩《フィンランディア》」

村川千秋指揮山形交響楽団


2023年1月1日に90歳となった創立名誉指揮者、村川千秋が山形交響楽団(山響)を組織したのは1972年。東京藝術大学からインディアナ大学に進み、レオポルド・ストコフスキーらに師事。シベリウスの女婿の指揮者ユッシ・ヤラスの知遇を得た縁もあり、この作曲家に傾倒してきた。1966年帰国、東京でデビューするが「故郷の子どもたちに本物の音楽を届けたい」一心で山形に拠点を移し、東北地方初のプロ・オーケストラ育成に生涯を捧げてきた。今や60歳以下の山形県民全員が「1度は山響を聴いたことがある」状況に至った。


驚いたことに、これが村川と山響の正式の「デビューCD」に当たる。「交響曲第3番」は2023年1月15日、やまぎん県民ホール大ホールの90歳を祝う特別演奏会、「カレリア」「フィンランディア」は2022年4月16&17日、山形テルサホールの創立50周年と第300回が重なった定期演奏会のライヴ。どちらも現常任指揮者、阪哲朗と折半の演奏会だった。


2022年4月の終演後に楽屋を訪ねると、阪が「村川先生のシベリウスの音色、他の誰にも出せない素晴らしいものですよね」と漏らした。この日、村川が舞台袖から現れた瞬間から客席は感動の塊となって偉大なマエストロを迎え、全身全霊でシベリウスに耳を傾けた。録音で初めて聴いた「第3番」の演奏ともども長い歳月をかけ、じっくりと掘り込んだ響きは母国フィンランド独自の音楽文化確立を目指し、孤軍奮闘したシベリウスとどこかで重なり、強い説得力を放つ。交響曲全集の録音に発展してほしい、と思わずにはいられない。

(制作・発売=妙音舎、販売元=ナクソス・ジャパン)


ラヴェル「ピアノ協奏曲」「左手のための協奏曲」

デ・ファリャ「スペインの庭の夜」

アレクサンドル・タロー(ピアノ)、ルイ・ラングレー指揮フランス国立管弦楽団


しりとりのような話だが、本盤の指揮者ルイ・ラングレーと今から30年近く前、ヘルシンキ北方40キロのヤルヴェンパーにあるシベリウス終の住処「アイノラ」で出くわしたことがあった。彼がパリのオーケストラから引き出す「正調フランス音楽」、しかも現代最先端の技術を伴った緻密な響きに乗って、タローが極めて個性的なラヴェルを思う存分奏でる。


ラヴェル2曲の解釈に「標準」というものがあるとしたら、タローが醸し出す雰囲気はそれよりいく分ダークで、ジャズの影響だけでなく、冷静でシニカルな作曲者の視点までをも、あぶり出しているように思える。聴けば聴くほど、味わいのある演奏だ。この音の感触がデ・ファリャの音楽の持つ世界との共有範囲を広げていることは明らかでアルバムのコンセプト、1枚を通じての統一感を明確に規定している。


ラヴェルは2022年7月5〜8日、デ・ファリャは2023年6月23日にパリのフランス国営放送オーディトリアムで収録。

(ワーナーミュージック)


J・S・バッハ「ゴルトベルク変奏曲」

髙橋望(ピアノ)


2015年1月15日、東京・新宿の四谷区民ホールのライヴ録音から8年ぶりの再録音。新盤は2023年1月25〜27日に神奈川県立相模湖交流センターのラックスマンホールでのセッション録音だがレーベルは同じ、録音チームも重複している。ピアノは両盤ともベーゼンドルファーのモデル275だ。


最大の違いは演奏時間。旧盤の79分58秒に対し新盤は82分36秒となり、ディスクは1枚から2枚に増えた。ここまでデータを書けば察しがつく通り、新版ではそれぞれの変奏に対する解釈が深まり、とことん語り尽くそうとする姿勢で際立つ。もちろん解釈だけでなく、磨き抜かれた音の透明度をはじめとするピアノの演奏技術も目覚ましく向上している。


同じタイミングで出たアイスランドのピアニスト、ヴィキングル・オラフソンの「ゴルトベルク」(ドイツ・グラモフォン=ユニバーサル ミュージック)はディスク1枚、トータルで74分8秒とかなりの高速演奏だが、髙橋の新盤を「もたもたしている」と感じる心配は杞憂に終わる。長年の傾倒と研究、毎年1月の「ゴルトベルク」演奏会に先立つ聴衆向け勉強会の積み重ねなどを通じ作品との一体感を継続して高めた結果、語りくちの自然さが必要以上の重さを取り払っているからだ。ディスク2枚を聴き通す負担は、想像以上に軽い。

(アクースティカ=パウ)



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