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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

杉山洋一と吉川隆弘、N響のMUSIC TOMORROWを輝かせたミラネーゼ


指揮者もピアニストもN響デビュー

NHK交響楽団が「尾高賞」作品を軸に1988年から続けている同時代音楽の演奏会、MUSIC TOMORROWの2021を6月22日、東京オペラシティコンサートホールで聴いた。指揮は杉山洋一、ピアノは吉川隆弘でともにミラノ在住、N響デビューに当たる(杉山は2009年、N響がシュトックハウゼンの「グルッペン」を演奏した際は指揮者ではなく、アシスタントだった)。コンサートマスターもウィーン本拠のゲスト、白井圭が務めた。コロナ禍で昨年は中止、今年も日本人演奏者、作曲家だけのプログラムでの開催とイレギュラー感は漂ったものの、蓋を開ければ空前(絶後、でないことを祈る)の演奏水準と熱気、賞賛に包まれた一夜になった。N響楽員が笑みを絶やさず、新作に全身全霊をこめて弾く姿自体、「事件」といえるかもしれない。没後15年の元正指揮者、岩城宏之が見たら、卒倒したに違いない。


前半は西村朗(1953ー)へのN響委嘱新作「華開世界〜オーケストラのための」(2020)の世界初演と第19回尾高賞受賞作、間宮芳生(1929ー)の「ピアノ協奏曲第2番」(1970)再演、後半は直近の第68回尾高賞を授かった細川俊夫(1955ー)の「オーケストラのための『渦』」(2019)再演(日本初演は共同委嘱者の1つ、サントリーホール主催の「作曲家の個展」で2019年11月28日、杉山指揮東京都交響楽団が担当)。昭和の戦前と戦後に生まれた現存日本人作曲家3人による〝高カロリー〟の力作のご馳走攻めだ。バルトークの影響を受けた間宮の野趣に対し、西村と細川はサウンドスケープ系というか、より洗練された管弦楽のサウンドの中に自身の思想や嗜好をこめ、聴き手を包んでいく。


今日、私が座った席は1階7列15番。大編成に対応して舞台を前方に拡大しているので実質5列目の真ん中に当たり、指揮者との直線距離は5mあまりしかない。ちょうどオペラシティ天井のガラスドームの真下に位置し、前後左右から返ってくる響きのサラウンドを体験できたのは予期しない幸運だった。とりわけ西村作品で全身がオーケストラの音に囲まれる快感を味わいつつ、道元禅師の言葉「華開世界起」にちなみ「人の一生を包む時空の中で、世界は一瞬一瞬ごとに開花して輝き、目眩く生まれ続けてゆく」とのイメージを体感した。至近距離で聴いても緻密で、艶やかな響きに満ちたN響のアンサンブルも素晴らしかった。


間宮の協奏曲では、吉川がついに大器の全貌を明らかにした。ミラノに居を構えて長く、日本では熱心なファン層が企画する比較的小規模のソロ・リサイタルを聴く機会が多かった。それはそれで良かったが、大柄な演奏とホール空間が一致しないと思うこともあった。今回は大ホールでフル編成のオーケストラと長大な協奏曲。暗譜で臨んだ集中力、克明で強力な打鍵、装飾的フレーズをベルカント歌劇のフィオリトゥーラ(装飾音型)のように歌わせるセンス…と、あらゆるポイントにおいて本領を発揮した。間宮作品におけるバルトークの影響は野性味だけでなく、フルートのソロに現れる日本的な響きなど民族性の継承の部分にも感じられる。杉山の指揮は、そうした楽曲の〝ツボ〟を適確に押さえつつ、吉川のピアノにピタリとつけていく。例えば第1楽章第3部レントに現れる「序で出てきた同音の繰り返しがトゥッティで重々しく響き、ピアノの静かなフレーズと交互に奏でられる」(白石美雪氏執筆の楽曲解説より)部分で、指揮者とピアニストの「間」の呼吸は完全に一致していた。


細川作品はオーケストラを左右2群に分け、「水の音(滴)」などの特殊楽器?、2階席後方左右に金管のバンダ(別働隊)を配するなど、前半とは舞台の様相が一変(ステージマネージャーの皆さん、お疲れ様でした)。西村の「華開」に対し、細川は「雅楽の笙という楽器に、深く影響を受けている」「微妙にずれながら反復される」「螺旋系の渦を巻く時間」を音にし、最後は「深い静けさに満ちた光の領域」に至る。起伏に富みながらも、寄せては返す潮の満ち干のように一貫した流れを湛えた、美しい作品だった。楽団は違えど2度目の全曲指揮ということもあり、杉山の手綱さばきには間然とするところがない。カーテンコールでは白井をはじめとするN響メンバー全員が、杉山を温かい拍手や足踏みで祝福した。


ほぼ同世代、国籍も同じくする作曲家2人の「時間」「空間」「音響」に対する感覚の違いを一夜の演奏会を通じ、明確に認識できたのも、今回のMTの収穫だった。「イタロ・ジャッポネーゼ」(イタリア的日本人?)とN響ケミストリーの破壊力、恐るべし!

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