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執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

岡山潔・アファナシェフ・メケッティ

更新日:2019年5月13日

クラシックディスク・今月の3点(2019年3月)

「岡山潔の軌跡」第1巻

岡山潔(ヴァイオリン)、服部芳子(同)、深井碩章(ヴィオラ)、ゲルハルト・ボッセ指揮神戸市室内合奏団、フォルカー・ヴァンゲンハイム指揮ボン・ベートーヴェン管弦楽団


岡山潔(1942〜2018)はボン・ベートーヴェン管弦楽団、読売日本交響楽団(読響)などのコンサートマスターとして記憶される。だがドイツ時代から妻の服部芳子、ハンブルクの北ドイツ放送交響楽団(現エルプ・フィルハーモニー管弦楽団)首席ヴィオラ奏者を長く務めた深井碩章らとともに室内楽を積極的に手がけ、帰国後は東京藝術大学教授として後進を育て、音楽祭プロデュースやコンクール審査でも大きな足跡を残した。最円熟期に脳腫瘍でたおれ、演奏活動を断念せざるをえなかったのは、残念でならない。


幸い、生前の名演奏の数々は比較的良質な録音で残り、芳子夫人をエグゼクティブプロデューサー、野田智子をエディター&アートディレクター、櫻井卓をマスタリングエンジニアとするチームがCD化に乗り出した。第1巻は1枚目が協奏曲、2枚目が服部との二重奏、3枚目が深井との二重奏、服部と深井を交えた三重奏の3枚組。解説の大半を執筆した「ジャーナリスト西谷晋」は日本経済新聞社のボン支局長、テレビ東京の解説委員長などを歴任した大先輩。偶然にも私がフランクフルト支局長に転任する前の半年間、国際部デスクとして手取り足取り、特派員の心得を指導してくださった恩人でもある。


最大の聴きものは1枚目に収められたベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」だろう。読響欧州公演のゲストコンサートマスターに招かれた1981年、岡山はライプツィヒ・ゲヴァントハウス公演終了後のレセプションで、当時のゲヴァントハウス管弦楽団コンサートマスター、ゲルハルト・ボッセの知遇を得た。ボッセは後に菅野美智子と結婚して日本へ移り、東京藝大客員教授や神戸市室内合奏団音楽監督などを務め、2012年に日本で亡くなった。2002年10月27日、上野公園の東京藝大奏楽堂で岡山が独奏、ボッセ指揮神戸市室内合奏団と共演したベートーヴェンの録音が残っていた奇跡に、感謝しよう。演奏家のエゴは皆無、ただベートーヴェンだけが鳴っているかのような佇まいは最近、あまり体験できない類のものだ。第1楽章のカデンツァに甘美なクライスラーではなく、峻厳なヨアヒムが選ばれているのも、2人の行き方と合致する。解説冊子の冒頭には、菅野が「作品61の森の中で」と題して記した、感動的なエッセイも載っている。この演奏を聴けば、2人が何を後進たちに伝えようとしていたのかが、はっきりと理解できる。


もちろん服部とのバルトーク「2つのヴァイオリンのための44の二重奏曲」、深井とのモーツァルト、3人そろってのドヴォルザーク、コダーイでも、岡山の音楽と向き合う姿勢(Haltung)は、ベートーヴェンの協奏曲と全く変わりがない。音楽だけをただひたすら見つめる眼差しは、オーケストラ奏者のための講習会や音楽コンクールの審査で同席させていただいたときも強く印象に残ったものだ。もはや言葉を交わせないのは悲しいが、その音楽がここに、永遠の命を得たことを素直に喜びたい。(有限会社パウ)


「テスタメント/私の愛する音楽〜ハイドンからプロコフィエフへ〜」

ヴァレリー・アファナシェフ(ピアノ)


「テスタメント」=遺書とは物騒なタイトルだ、またアファナシェフの「変態演奏」に付き合わされるのかしら?、などと思ってはいけない。「70歳を越え、まだきちんと弾けるうちに、『どうしても後世に自分の解釈を残しておきたい」と考えた作品を厳選。2017年4月と7月、ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州フィアゼンのフェストハレで2回、計6日間(1日にディスク1枚分のハイペース!)のセッションを組み、一気に収録した。


6枚の詳細は;

1)ハイドン「ピアノ・ソナタ第20、23、44番」

2)ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第4、16、19番」

3)シューベルト「ピアノ・ソナタ第4番」「4つの即興曲D.935」

4)シューマン「ピアノ・ソナタ第1番」「3つの幻想小曲集」「アラベスク」

5)ビゼー「半音階的幻想曲」/フランク「前奏曲、コラールとフーガ」/ドビュッシー「ベルガマスク組曲」

6)プロコフィエフ「ピアノ・ソナタ第6番《戦争ソナタ》」「伝説曲」「ガヴォット」「風刺」


すべて初めて録音するレパートリーでハイドンとビゼー、フランク、ドビュッシーは作曲家としてもディスコグラフィーの初顔という。本人の書き下ろし解説とインタビューと詩人・吉増剛造の寄稿、ディスコグラフィーなどを網羅した全132ページの解説書が付いている。


レコード会社から分厚い宅配便が届いて開梱したのは深夜だったのに、思わず「おお!」と叫び声を上げてしまった。一時のように超スローテンポの演奏だったら「どうしよう」、とも思った。恐る恐る、番号順にハイドンから聴き始める。SACDの高性能も手伝って、ひたすら美しい! もともとエミール・ギレリスをはじめとするロシアン・ピアニズムの最高峰の薫陶を受け、国際コンクールから世に出たピアニストなので、ベーゼンドルファー・インペリアルを最高に美しく、輝かしく、深い呼吸で鳴らす術を心得ている。「私の愛する音楽を後世に残す」との使命感からか、テンポ設定もフレージングも極めて中庸を得たもので、エキセントリシティーは影を潜めた。気がつけば6枚すべてを聴き終え、夜が白々と明け始めていた。1人のピアニストの世界観が滋味豊かな音楽のフィルターを通じ、ひしひしと伝わってくる。どの作品も素晴らしい出来だが、個人的にはハイドン、ベートーヴェン、フランクを最も興味深く聴いた。(ソニー)


ネオポムセーノ「《いたずら小僧》前奏曲」「ブラジル組曲」「交響曲ト短調」

ファビオ・メケッティ指揮ミナス・ジェライス・フィルハーモニー管弦楽団


「日本作曲家選楫」を思い出すナクソスの新プロジェクトは「Brasil em Concerto」。ブラジル政府外務省の肝いりで、19〜20世紀に同国で作曲された約100曲を国内のオーケストラで録音し、世界に発信していく壮大な計画だ。


第1作はアルベルト・ネポムセーノ(1864〜1920)の作品集。1888年から7年間、ヨーロッパに留学。後期ロマン派と国民楽派を融合させたような作風でブラジル音楽の新時代を拓き、ヴィラ=ロボスら後の世代の作曲家に大きな影響を与えた。中でも「いたずら小僧」はR・シュトラウスが気に入り、演奏会で指揮したこともあるという名曲だ。


ブラジルといえばサンバ、ボサノヴァのイメージが強いけれども、純音楽にも優れたヘリテージ(文化遺産)があると知り、嬉しくなった。ロマン派風の装いの中からエスニックなムードが漂い、なぜか日本民謡にも通じるノスタルジーを感じさせるのが面白い。他に比較の対象がないので何ともいえないが、おそらく名前からしてイタリア系と思われるメケッティが指揮するミナス・ジェライス・フィルの演奏は自国作品への共感にあふれ、かなりの水準に達している。(ナクソス)









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