• 池田卓夫 Takuo Ikeda

反田恭平のオーケストラ「ジャパン・ナショナル」とデスピノーサ、村治佳織


第41回東芝グランドコンサート

「東芝グランドコンサート2022 ジャパン・ナショナル・オーケストラ 特別編成」最終公演を2022年3月8日、ミューザ川崎シンフォニーホールで聴いた。1982年に「Aurex(オーレックス=当時の東芝がオーディオ製品に採用していたブランド)グランドコンサート」の名称、ヴラディーミル・アシュケナージ指揮フィルハーモニア管弦楽団の日本ツアーとともに始まった「冠コンサート」の草分け。東芝の経営危機、さらにコロナ禍が加わって2020年の第39回、2021年の第40回は中止。第41回に予定していたダーフィト・アフカム指揮スペイン国立管弦楽団も来日できなくなった。企業分割前に何としても開催したい東芝の意向もあり、2021年のショパン国際コンクールで第2位を得たピアニスト、反田恭平が組織したジャパン・ナショナル・オーケストラ(JNO)を14型(第1ヴァイオリン14人)2管編成に拡大、反田自身と1995年、2005年のソリストを務めた村治佳織の2人がソロを務め、昨年11月20日に来日して以来、全国各地で代役を引き受けたイタリア人ガエタノ・デスピノーサが指揮するパッケージで全国4か所を回った。


村治は最晩年の作曲者ロドリーゴと面会した思い出もある《アランフェス協奏曲》、反田はワルシャワの本戦で喝采を浴びたショパンの《ピアノ協奏曲第1番》とそれぞれ最高のキラー・コンテンツで臨み、デスピノーサ単独の指揮もメンデルスゾーンの「交響曲第4番《イタリア》」とベタな選曲だったことが一層、コンサートの祝祭的性格を盛り上げた。メンデルスゾーンはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(楽長)を務めたユダヤ系ドイツ人でイタリアに憧れ、イタリア人のデスピノーサはライプツィヒと同じくザクセン州にあるドレスデン州立歌劇場のオーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデンのコンサートマスター出身だ。今回のJNOは〝反田社長〟の事務所(NEXUS)に所属、昨年のドイツARD(ミュンヘン)国際音楽コンクール・ヴァイオリン部門で優勝した岡本誠司がコンサートマスターを務め、若手から中堅までのソリストクラスでメンバーを固めた。とにかくデスピノーサの指揮に対する反応が素早く、引き締まったアンサンブルで良く鳴る。もう少し抑制や吸い込まれるようなピアニッシモがあっても良いかと思ったが、急な企画の臨時編成であることを考えれば、賞賛に値する健闘ぶり。皆が生き生き、楽しそうに弾く。


村治の《アランフェス》を聴くのは実に久しぶり。アンコールで解放したキレッキレのテクニックを表に出さず、盲目の作曲家だったロドリーゴの心に浮かんだ光景や色彩の数々を慈しむかのように、一つ一つの音を噛み締めつつ繊細極まりなく紡ぐ。反田のショパンはコンクールの実況画像に比べても進化が著しく、自由自在な語りくち、自身が信頼する音楽家たちと〝巨大な室内楽〟のキャッチボールを楽しむゆとり、弱音の美しさなど、聴きどころが随所にあって、40分をすごく短く感じた。デスピノーサの指揮は「ミスターS(スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ)」をはじめとするポーランド系マエストロと流儀を異にするが、バッハに傾倒していたショパンの古典志向を確かに押さえ、引き締まった造型とリズムの切れで感興を盛り上げた。全曲の終わり、管弦楽が鳴っているうちに起きた万雷の拍手はワルシャワでの興奮をそのまま受け継いだ感じで、目くじらを立てる人はいなかった。


スタンディングの拍手にこたえ、反田はシューマンの歌曲をリストがピアノソロに編曲した《献呈》を弾いた。昨年6月にセバスティアン・ヴァイグレ指揮読売日本交響楽団と共演、シューマンの協奏曲を初めて弾いた際のアンコールも同じ曲だったが、演奏から伝わるメッセージの情報量、自然な呼吸の佇まいには長足の進歩がはっきり、刻まれていた。この後、反田がマイクを持って客席に語りかけ、さらなるアンコールもあったようだが、21時半にさしかかり、開演前に故障で長時間の行列待機を余儀なくされた地下駐車場の様子も気になったので、《献呈》の深い余韻に包まれているうちに会場を後にした。瓢箪から駒の大成功。

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