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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ピアノは素晴らしい!〜児玉桃からイム・ユンチャン、さらにブルース・リウ


児玉桃(左)のメシアンは中日、ソロ・リサイタルを聴いた

師走の声を聞いた途端、素晴らしいピアノ・リサイタルをたて続けに3つも聴いた。


2022年12月3日14時 浜離宮朝日ホール

児玉桃メシアン・プロジェクトVol.2ピアノ・リサイタル

「幼子イエスに注ぐ20のまなざし」


2022年12月3日19時 サントリーホール

スーパーソリスト達による秋の特別コンサート2022

イム・ユンチャン ピアノ・リサイタル

※日本デビュー


2022年12月5日19時 東京オペラシティコンサートホール

スーパーソリスト達による秋の特別コンサート2022

ブルース・リウ ピアノ・リサイタル


このほどドイツのカールスルーエ音楽大学教授に就き、亀井聖矢が優勝した2022年ロン=ティボー国際音楽コンクール・ピアノ部門の審査員も務めた児玉は50歳。2022年の第16回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール第1位の韓国人イムは18歳。2021年の第18回ショパン国際コンクール第1位の中国系カナダ人リウは25歳。円熟の名手と気鋭の2人という図式だが、ふと、こんなことを思う。私がドイツのフランクフルトで新聞社の支局長を務めていた1991年、「チューリヒ在住の児玉と申します。娘がミュンヘンARD音楽コンクールで最年少の最高位(1位なしの2位)を取りました。記事にしてくださいますか?」と突然の電話があった。桃と姉の麻里は住友銀行(現在の三井住友銀行)勤務だった父の転勤で幼くしてヨーロッパに渡り、パリで音楽教育を受けた。父は子会社の証券会社に転籍までして、娘たちとヨーロッパにとどまった。パリ生まれの中国人で移民国家カナダで育ったリウ、10代前半から米国で認められたイムともども、アジアン・ルーツのコスモポリタンという共通項を持つ。奏でる音楽は優れてインターナショナルであり、国籍から傾向を論じられる可能性もない。それぞれ自身の信じる道を極め、燃焼度の高い演奏を聴かせてくれた。


児玉はメシアン自身、および夫人でピアニストのイヴォンヌ・ロリオの薫陶を直接受けた最後の世代に属する。以後30年にわたって弾きこむなか、演奏は大きな変貌を遂げてきた。「幼子イエス」はクリスマスのラジオ番組の付随音楽として構想されたとはいえ、メシアン独特のカトリック信仰や鳥類の声に基づく20のピースからなるパズル。若い頃の児玉は鋭い知の刃と技巧の切れで鮮やかに弾ききっていた。今回は並外れて深い没入、一段と練り上げられた打鍵の数々を通じて熱い人間の血潮がたぎり、時に血なまぐさいほどにヒューマンな音楽を聴くことができた。プレトーク、休憩を交えた2時間半が、とても短く思えた。


イムは前半に17世紀英国のギボンズ、18世紀ドイツのJ・S・バッハを前半、19世紀オーストリア=ハンガリーのリストを後半に配した通好みの選曲で東京デビューに臨んだ。客席の最低4人に1人は韓国から日本に飛んできた応援団。終演後の熱狂こそ凄まじかったが、演奏中は異様なまでの静寂が支配した。超絶技巧の証明はリストまで持ち越し、前半は美しい陰影に富む弱音重視の音を連ね、いにしえの時代の音楽の雅と陰影を精妙に描き出す。バッハの「シンフォニア」では本稿トップ画像のプログラムが示す通り番号順ではなく、イムが熟考した配列だった。卓越した技術と洗練された芸術性のバランスはリストの「2つの伝説」、アッシジの聖フランチェスコに因む2曲で最高度に発揮された。「ダンテを読んで」では一転、轟音を追加してまでの力演に驚く。アンコールは再びバッハ。フルートの原曲をケンプが編曲した「シチリアーノ」で、しっとりとしめた。韓国応援団の歓声が嬉しい。


リウの実演は初めて聴く。楽器は他2人のハンブルク・スタインウェイに対し、イタリアの新しい名器ファツィオリ。動きを抑えて安定した上半身から肘、手に無理なく力が送られ、力まずして美しく透明、遠くへ届く音を繰り出す。前半のショパン特集の最後に「モーツァルトの歌劇《ドン・ジョヴァンニ》の《お手をどうぞ》の主題による変奏曲」、後半のしめにリストの「ドン・ジョヴァンニの回想」を置き、ユーモアとエンターテインメントに富むプログラム。隅々まで吟味された音色、オペラでいえば華やかなテノールではなく、ノーブルなカヴァリエ(騎士)バリトンを思わせる優雅な味わいだ。ラヴェルの「鏡」でみせた研ぎ澄まされた音の感性、リストで発揮した技の冴えはアンコールの1曲、リストの「ラ・カンパネラ」で最高潮に達した。音楽の枠を超えた深い芸術、教養のポテンシャル(潜在能力)を強く印象づける一点だけ挙げても、ショパン・コンクール1位の凄みを実感できた。

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