東京都北区の文化振興財団が主催、制作する「北とぴあ国際音楽祭」は老舗の古楽音楽祭として定着、バロック・ヴァイオリン奏者の寺神戸亮がピリオド(作曲当時の仕様の)楽器アンサンブル「レ・ポレアード」を率いて管弦楽を担うバロック歌劇のシリーズは最大の売り物だ。今年(2019年)の演目はヒロインのアルミレーナのアリア「私を泣かせてください(Lascia ch'io pianga)」ばかり、やけに有名なヘンデルのオペラ「リナルド」の全曲だ。11月29日と12月1日の2回、JR王子駅そばの北とぴあ「さくらホール」での上演を見逃すと今後いつ、「リナルド」の全曲に遭遇できるか保証の限りではなく、オペラファン必見の好機といえる。1711年版全3幕のイタリア語上演(日本語字幕付)の所要時間は休憩込みで約3時間半。佐藤美晴の演出によるセミステージ形式の上演だ。
11月27日のゲネプロ(会場総練習)を観たときは「照明をはじめ、まだ完全には演出が出来上がっていない」(佐藤)状態ではあるが、舞台全体を囲う大道具の額縁、様々な「束縛」を象徴する小道具の額縁を巧みに対比させながら、人間関係を視覚化するアイデアはなかなか、面白かった。自らヴァイオリンを指揮する寺神戸の解釈、レ・ポレアードの合奏は手堅く安定、ヘンデルの音楽の輝きをストレートに再現する。前半は18世紀の音、ドラマの表現世界に自身を適合させるまでに多少の時間を要するが、後半は展開が一気に加速、ヘンデルが当時いかに傑出したエンターテインメントのクリエーターだったのかをひしひしと実感しながら、魔法に彩られたファンタジーの騎士物語の世界へと惹きこまれていく。リナルドのクリント・ファン・デア・リンデ、アルミレーナのフランチェスカ・ロンバルディ。マッズーリ、アルガンテのフルヴィオ・ベッティーニ、アルミーダの湯川亜也子らキャストもバロック歌劇の唱法を手中に収め、装飾音型をさばくテクニックも申し分ない。この種の演目をテクニック面の不安なく、素直に楽しめる時代の到来を強く実感した。
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