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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

「ラフマニノフ弾き」として知られたピアニスト、田山正之が49歳で亡くなる


録音はトーンマイスター櫻井卓が手がけた

ロンドン育ち&在住のピアニスト、田山正之さんが2023年9月下旬、膵臓癌のために49歳の若さで亡くなった。その死は長年の友人、小川典子さんによって日本にも伝えられた。誕生日をはじめとする個人情報の公開を極端に制限していた御本人の意向を尊重して、プロフィールは公式ホープページから貼り付ける:


幼少時代をロンドンで育つ。


桐朋学園大学ソリストディプロマコースにて学ぶ。


渡英し、国王立音楽大学 演奏家ディプロマを名誉賞にて取得、更に英国ギルドホール音楽院演奏家ディプロマを名誉賞にて取得。

第16回園田高弘賞ピアノコンクールにて大山平一郎指揮、九州交響楽団とラフマニノフピアノ協奏曲第2番を共演し、園田高弘賞受賞(第1位)。

ロンドン国際ピアノコンクールにて、ヨーロッパ ベートーベンピアノ協会より特別賞受賞、イスラエル テル・ハイ国際ピアノコンクール 第3位、イタリアドメニコ・サーロ国際ピアノコンクール第2位、ギリシャ  グランド・コンツェルテウム

2000国際ピアノコンクールにてグランド・コンツェルテウム最優秀賞、英国ブラントバーミンガム国際ピアノコンクール 第1位など、数多くの受賞歴を持つ。


平成14年度文化庁派遣芸術家在外研修員。


英国パーセルルーム、リージェントホール、セント マーティン・イン・ザ・フィールズを含む各地でリサイタル。他、英国日本大使館、イタリア ナポリ、ミラノ、オランダ アムステルダム、イスラエル テルアビブ、日本では東京FMホール、大分 音の泉ホール等でも演奏会。室内楽の分野でも、幅広く活躍。


近年、英国バーミンガム交響楽団ホールでリサイタル。

また、日本国際交流基金の援助を得て、唯一のピアニスト、又日本人としてギリシャ・サモス島にてリサイタル。

2002年5月にサウスバンク パーセルルームにてロンドンデビュー。

東京では、2002年12月にトッパンホールにて「園田高弘の推薦するピアニスト」シリーズでリサイタル。

2005年10月にはトッパンホール主催のランチタイムリサイタルでラフマニノフエチュード「音の絵」作品39全曲を演奏、後日インタビューと交えてBSラジオ日経で放送された。


2000年以降、英国にてラフマニノフピアノ協奏曲第2番をクラウンデール管弦楽団と、ラフマニノフピアノ協奏曲第4番をダレル・デーヴィソン指揮のもとエプソム交響楽団と、ラフマニノフピアノ協奏曲第3番をセヴンオークス交響楽団と、更にラフマニノフのパガニーニ狂詩曲をギルドフォード交響楽団と演奏するなど、特にラフマニノフの演奏、解釈には定評があり、各地の楽団に招かれラフマニノフ協奏曲の演奏を続けている。


最近では、クロイドン交響楽団とラフマニノフピアノ協奏曲第3番をフェアフィールドホールで演奏、またイタリア・トラニにて同曲をバカウ交響楽団と共演した。

他、最近ではブラームスピアノ協奏曲第1番、2番をケンブリッジ、エプソム及びギルドフォードで演奏、いずれも絶賛を博す。


園田高弘コンクールに優勝した縁により、日本では園田春子夫人が営んでいた「EVICA」「ACCUSTIKA」レーベルから3点のラフマニノフ・アルバムをリリースしている。ピアノはいずれもスタインウェイ。


1)ピアノ・ソナタ第1番ニ短調作品28、第2番変ロ短調作品36(1931年版)

※2002年8月23〜25日、ドイツ・バーデンバーデン、南西ドイツ放送協会ハンス・ロスバウト・スタジオでセッション録音


2)練習曲集《音の絵》作品33、同作品39、5つの幻想小品集作品3

※2007年12月7〜9日、2008年4月4日、三重県総合文化会館第ホールでセッション録音


3)ショパンの主題による変奏曲作品22、コレルリの主題による変奏曲作品42、幻想小曲集作品3より第3&5番

※2012年12月26〜28日、三重県総合文化センター大ホールでセッション録音


「数年来、私はラフマニノフの音楽に陶酔し、ひたすらにラフマニノフの音を追い求めてきた。また幸運にも多くのラフマニノフ演奏の機会に恵まれた。ラフマニノフとの真の出会いは《協奏曲第3番》をはじめた事がきっかけとなる」

「ロシアの重々しい空気や広い大地、教会音楽を思わせる厚みのある響きに加え、緊迫感あふれるリズムと、その自由で豊かな和声のセンス、更に挑戦的とも感じられる超絶技巧jにすっかり魅せられ、ひたすら〝ラフマニノフの音〟を追求した。あの時の衝撃はいまだに忘れられぬものとして、私の手に記憶されている」

「国や歴史、文化を越えて共鳴する彼の音楽と自分とのつながりは何か、今日も考えつつ、ラフマニノフを弾いてゆきたい」


ディスクに自ら記した通り、田山さんはラフマニノフを愛し、ラフマニノフに愛された。稀代のヴィルトゥオーゾ(名手)でもあったラフマニノフは大きな体格と手に恵まれ、自身の超絶技巧を前提にした難易度の高いピアノ曲を書いた。半面、オペラ指揮者として将来を期待され、オペラや歌曲、合唱曲など美しい声楽作品も数多く残し、後年の演奏家は技巧の難題をクリアするだけでなく、背景にある深い宗教的感情や息長いフレーズを知り、旋律を心からの共感とともに歌い上げなければならない。しかも、見せかけの華やかさへの誘惑を厳しく戒めて。田山の弾くラフマニノフには、そのすべてがバランスよく備わっている。


実際に会い、話したのは2010年春の1度だけ。コヴェントガーデンのロイヤルオペラ日本ツアーの準備取材で出張した折、ロンドンでランチをご一緒した。穏やかで温厚謙虚な姿勢を崩さないながら、ラフマニノフの演奏解釈に対して抱く自負や確信の数々が言葉の端々に現れていたのを昨日のことのように思い出す。それなりに究め深めてきた演奏が英国ではなく母国の日本でなかなか認められない実情に対しては少し、失望しているようにもみえた。


2023年のラフマニノフ生誕150年、没後80年の記念にはきっと、日本でも大規模なリサイタルを開いてくれるはずだと期待していた矢先、ロンドンから突然もたらされた訃報。今後の円熟や飛躍、認知度向上の機会のすべてが奪われてしまったのが残念でならない。せめてものはな向けとしてCD3点の存在を伝え、素晴らしい演奏に改めて耳を傾けたいと思う。



※Amazonには現時点で、《音の絵》のディスク(ラフマニノフⅡ)が掲載されていない。


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