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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

鈴木雅明&BCJ、さいたま芸術劇場公演ベートーヴェン「ハ短調とハ長調」の妙


今年(2020年)が結成30周年に当たる鈴木雅明とバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ=合唱団とピリオド楽器アンサンブル一体のスペシャリスト集団)の演奏会を11月29日、彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールで聴いた。作曲家の生誕250周年に因み「交響曲第5番ハ短調《運命》」「《ミサ曲》ハ長調」の2曲によるベートーヴェン・プログラム。前日の東京オペラシティコンサートホール(1,632席)より約1,000席も少ない音楽ホール(604席)で聴ける聴衆は幸せだが、依然として新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策のソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の設定)に縛られる演奏者側には別の苦労があった。後半の演奏に先立ちマイクを持って現れた鈴木は「オペラシティに出演した合唱全員をここの舞台に載せることができません。そこで昨日のアンコール、弦楽器だけの伴奏で合唱を全員出せるハイドン《ヨハネの祝日のためのミサ》の《アニュス・デイ》を先に演奏します。ともにエステルハージ公爵の委嘱ですが、ベートーヴェン作品の破格をお気に召さなかった公爵が献呈を拒んだほど、かけ離れた2つの《アニュス・デイ》の違いも併せてお楽しみいただければ…」と告げた。


前半の《運命》。徳島県への出張帰りの疲労か、第1楽章は退屈にも思えたのだが、着地点から逆算すれば、まんまと鈴木の術中にハマっただけだった。ベートーヴェンにとって「運命の調性」であるハ短調が持つ強さを「混沌(カオス)から調和、勝利へ」のプロセスの基盤に据え、第4楽章の圧倒的勝利へと導いた。コンサートマスターは、BCJで久しぶりに尊顔を拝む寺神戸亮。ホルン(ナチュラル管)にはNHK交響楽団首席奏者、福川伸陽の顔が見えた。ピリオド楽器の不均等な音色が織りなすアンサンブルの随所に管楽器、打楽器のソロが明滅、ベートーヴェン先生のアジ演説を聴くような面白さがあった。


《ミサ曲》ではBCJと共演歴の長い4人の独唱者ーー中江早希(ソプラノ)、布施奈緒子(アルト)、櫻田亮(テノール)、加耒徹(バリトン)がソロ、アンサンブルとも隙なく、ソリスト級で固めた合唱も作品のポテンシャルを最大限に引き出した。シンフォニー指揮者としての鈴木雅明の大きな可能性は先日のN響デビューでも立証されたが、やはりフランチャイズ(本拠)のBCJで合唱と一体で音楽を奏でるとき、私たちは最上&最良の音楽家と出会える気がする。なるほど古典的で端正な佇まいのハイドンに比べ、ベートーヴェンの《アニュス・デイ》は異形の強烈さを備え、「エステルハージ公の驚きもかくや」と思わせた。

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