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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

荻窪魔界で100均グッズとともに果てた強欲の美食家〜低音デュオ→川島素晴


2日連続で聴いた同業者、けっこうな数に上った

東京・杉並区を貫くJR中央線の荻窪駅。北側徒歩15分くらいの「本天沼」の一角で私は生まれ、14歳まで暮らした。荻窪駅から数分の青梅街道沿いにある杉並公会堂は建て替える前から音響の良さで知られ、かつてはレコーディングにも使われた。改築後の現在も、大ホールは日本フィルハーモニー交響楽団がフランチャイズ(本拠)契約を結ぶなどオーケストラ演奏会場のイメージが強いのに対し、地下2階の小ホールはいつしか、コアな同時代音楽企画のメッカになった。自分も過去、ピアニスト2人(伊藤憲孝と高橋望の「デュオ・ロンターノ」)と共同で委嘱した酒井健治の新作ピアノ4手連弾曲《2つの肖像》をここで世界初演した経験がある。だが現在の自宅から電車で1時間あまりかかる荻窪、杉並の小ホールで2晩続けて出来立ての音楽を聴き、相性の悪い店で不快な食事をしたのは初めてだった。


バリトンの松平敬、チューバ&セルバンの橋本晋哉からなる「低音デュオ」の第14回演奏会は2022年4月27日。前半の桑原ゆう「浮世忍びくどき歌」(2019)、湯浅譲二「天気予報所見」(1983)も十分に面白い作品だったのだが、後半の60分に及ぶ西村朗への委嘱新作「デュオ・オペラ《山猫飯店》」(2022)世界初演の強烈さが記憶の150%くらいを支配し、その夜の夢にまで化けて出るほどの衝撃を受けた。「魔界に迷い込んだ男の奇妙な臨死体験」の副題がある台本も西村自身が書き下ろし、橋本は楽器演奏だけでなく山猫飯店の料理人、湯殿「桃ノ湯」で男を誘惑する絶世の美女(女装!)も驚くほど巧みに演じる。西村はプレトークで「エログロナンセンス、さらにスリラー」と予告したが、現代の作品にふさわしい複雑な音階の上に無数の言葉が機関銃のように放たれ、これを全て暗譜した松平の超絶歌唱力自体、すでに怪人の域に達している。


魔界に迷い込んだ男がありとあらゆる物を食べ、最後は自分も食材(カニバリズム!)にされる寸前に脱出。次は色香に負けてカエルの姿に変えられ、美女のペットの蛇=セルバンに飲み込まれ究極の快感を味わいながら気を失う。ヘビがゲップをして男は消えたのか?、それとも輪廻転生して再び快楽を求める旅に出たのか? 結論は客席に預けられる。関西人である西村の「お笑い」のセンスが最高度に発揮された怪作。最初は笑いをこらえていた客席も「山猫飯店」のオヤジ(橋本)登場のあたりから無駄な抵抗をやめ、新作初演の催しでは異例の爆笑が続いた。新国立劇場委嘱作「紫苑物語」を大きく凌駕する傑作が誕生した。



翌28日は川島素晴の自主企画シリーズ「川島素晴plays…」のvol.4“100均グッズ”に出かけた。最後の自作「And then I knew 'twas Virus」(2021、東京初演)にバスドラム(写真)を使った以外、全ての楽器?が100円均一ショップの商品だった。川島に師事する2002年生まれ、愛知県立芸術大学在学中の梅本佑利は委嘱新作「いんちき音楽」(2021ー2022)を初演した後、休憩時間に100均商品を材料にした「作品」を100円で即売した。私の後ろには一貫してハイパーに喋り続けるフランス人男性がいて、案の定、梅本グッズのラッパ?を買った。後半、川島の自作自演に退屈したのか「音楽のテロリスト」とか囁き出してこのラッパを吹き、私が振り返った時には消えていた。あれは魔界からの使者であったか? 川島が叩き続けるバスドラムの上や周囲に助手がガムテープで無数の100均グッズを貼り付け、最後は川島をラップでぐるぐる巻きにして演奏不能になった時点で終演。言葉すら発せない作曲家は最後の客がホールを後にするまで、この姿を続けた。なんか、カエルになって蛇に飲み込まれた男の姿と重なった。


日常生活の小さな断片や記憶の破片を鋭い嗅覚ですくいあげ、アーティスティックなパフォーマンスに昇華創造させる営みは、同時代音楽の重要な手法の1つだ。低音デュオと西村の超絶コラボレーション、川島のチームが100均グッズから引き出した恐ろしく多様な可能性と表現力のそれぞれが、私にはとても新鮮な体験だった。終演後の晩ごはん。初日に入った居酒屋はスタッフが若者たちに変わり、おじさん達の時代より活気がなくなった逆行現象こそ意外だったが、味は変わらず、価格も良心的だった。2日目に入ったワインバーは味こそ良かったが私の一言に逆切れされ、すべてケンカ腰で勘定も割高。2軒とも小さな路地の半径数メートル圏内だ。以前は感じなかった妖気に支配された一角だったのかもしれない。荻窪の夜は奥深く、ほどほどに危ない。ほうほうの体でたどり着いた品川の夜は平和だった。

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