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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

矢部達哉都響30年、根っからコンマス


1994年4月12日付「日本経済新聞」夕刊

東京都交響楽団(都響)が新型コロナウイルス感染症対策で定期公演を休止中に続けている「都響スペシャル」。2020年9月16日、サントリーホールの公演は「矢部達哉・都響コンサートマスター就任30周年記念」とベートーヴェン生誕250周年を兼ねた構成で、音楽監督の大野和士が指揮した。ソロ・コンサートマスターの矢部は前半の「ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲(トリプル・コンチェルト)」で小山実稚恵(ピアノ)、宮田大(チェロ)とともにソリスト(コンサートマスターは四方恭子)、後半の「交響曲第3番《英雄》」では第1コンマスを務めた。都響初の有料ライヴ配信としても注目を集めた。(「Webぶらあぼ」の拙稿を参照=https://ebravo.jp/archives/68045)


《トリプル・コンチェルト》は節目の演奏会に矢部が強く希望、ソリストも自身で指名した作品だ。ピアノの小山は大野と東京藝術大学音楽学部で同学年、チェロの宮田は矢部の桐朋学園ディプロマコースの後輩でサイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団など〝チーム小澤征爾〟の同僚。キャリアが圧倒的に長い小山が「剛」の構えで骨格をつくり、最年少の宮田が温かく「柔」な旋律を伸縮自在に奏でる真ん中にあって、矢部は硬軟両用の〝接着剤〟役を引き締まった美音とともに担い、「根っからのコンマス」を印象づけた。「我らがリーダー」の晴れの舞台を最大限に盛り上げようと、12型(第1ヴァイオリン12人)対向配置の都響と大野が万全なだけでなく、輝きに満ちた管弦楽を奏でた。全員が完璧なまでに自己顕示欲を捨て喜びを共有した結果、まれにみる格調高い楽曲再現が成就した。


《英雄》は1990年7月18日、フィンランドのサヴォリンナ音楽祭に参加した際、矢部が初めて大野の指揮で弾いた作品だ。同年9月8日、東京文化会館大ホールの都響第314回定期演奏会Aシリーズは「大野和士都響指揮者就任披露演奏会」と銘打たれたが、矢部にとっても正式にコンマスとしてデビューした公演だった。当時は古澤巌も在籍、矢部と同じ年に招かれた英国人でロンドン・フィル、ボーンマス響などのコンマスを歴任したジェラルド・ジャーヴィスとの実質3頭体制。今回の公演プログラム「月刊 都響」に載ったインタヴューで、「僕はジャーヴィスさんのやり方をどこかで追いかけていた部分がありましたけれど、ようやくこの5年くらい、その呪縛から離れることができた気がします。違うルートで登り始めた」と、矢部は打ち明けている。コンマスとして若杉弘、ジャン・フルネ、ガリー・ベルティーニ、ジェイムズ・デプリースト、エリアフ・インバル、大野…と傾向を異にするマエストロたちと共同作業を続けつつ自身の芸術も深めてきた自負も、そこにはあるはずだ。


私は1994年に矢部を最初に取材、勤務先の紙面に写真入りのインタヴュー記事を載せた(相当に注目されていたのか、後日、姉妹紙の「The Japan Economic Journal(英文日経)」にも英訳記事が転載された)。「コーヒータイム」というコラム名が時代を感じさせるが、矢部の風貌に26年間ほとんど変わりがないのは驚きだ。ちなみに都響での協奏曲デビュー、ブラームスの指揮者もドイツの名匠ベルンハルト・クレーという懐かしい名前。


14型に拡大した都響の《英雄》はガッツリ鳴り響く。大野の激しく深い掘り下げ、それを全身で受け止め果敢に進む矢部のリードと都響メンバーの熱演が巨きく、生命感に富む音楽の世界を極めた。余計なことを考えず、ただただ、ベートーヴェンの「音の心象風景」に浸ることができた。唯一、第3楽章中間部(トリオ)のホルン三重奏だけは、不思議な気分を味わった。多くの指揮者が「ここぞ」とばかりに強調、時にはテンポをグッと落としてホルンの響きを際立たせる策にも打って出るなか、大野は極めてサラリと流した。1度ならアクシデントの可能性があるが、繰り返しも全く同じ処理だったので、明らかに確信を伴う解釈だろう。効果よりも内実→(コロナの)非日常から日常への回帰への切実な願いの現れ、と考えるのは、いくら何でも〝深読み過ぎ〟だろうか?


矢部はコンマスだけ目立つのをよしとせず、他のメンバーと一緒に舞台へ現れるのを好むが、この日は30周年の「特別な一夜」。お客様が矢部の姿をいち早く見つけ、盛大な拍手を贈る。終演後も拍手の熱は上がり続け、大野は何度も矢部の起立を求めた(本人は依然、恥ずかしそう)。私は所用があり退席したが、最後にメンバーがはけた後には矢部と大野が再度ステージへ呼び戻され、客席総立ちで「2人の30年」を称えたという。おめでとう!

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