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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

生真面目な音楽に浸った一夜〜沼尻竜典指揮の新日本フィル➕實川風&石丸由佳


新日本フィルハーモニー交響楽団第624回定期演奏会トパーズを2020年9月18日、フランチャイズ(本拠地)のすみだトリフォニーホールで聴いた。本来なら「me too」問題がらみで名誉音楽監督のポストにあるNHK交響楽団への出演を「当面の間」見合わせているシャルル・デュトワが東京都内の別オーケストラに初めて客演、新日本フィルとのベルリオーズ「劇的交響曲《ロミオとジュリエット》」で現首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィが指揮するNHK交響楽団の東京芸術劇場公演と〝ガチ〟で張り合うはずだった。蓋を開ければ「me too」以上の破壊力を持つ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大(パンデミック)に阻まれ、演奏会再開後も外国人指揮者・ソリストの興行ビザ発給は停止されたまま。新日本フィルは沼尻竜典、N響は広上淳一が代役指揮を引き受けた。


独唱と合唱を伴い、大編成のベルリオーズこそ消えたが、ストラヴィンスキーの「カルタ遊び」、石丸由佳がオルガンを担当したサン=サーンスの「交響曲第3番《オルガン付き》」と、沼尻が選んだ2曲はデュトワが得意とする作品群に属する。沼尻の隅々まで神経が行き届き、外面的なハッタリには目もくれず作曲家&楽曲のメッセンジャー(本人が若いころ好んだ言い回しだと「イタコ」)役に徹する指揮は、ポーカー・ゲームの博打を戯画化したストラヴィンスキーのバレエ音楽ではいささか、生真面目に過ぎた。ケレン味が必要な楽曲、というのは確かに存在する。サン=サーンスも淡々と、モーツァルトのように玲瓏な響きとともに始まったが、オーケストラの積極的な姿勢もあって次第に熱を帯び、堅実な中に独特の華を漂わせる石丸のオルガンの好演が加わって、求心力の強い演奏が実現した。沼尻は日本フィルハーモニー交響楽団の正指揮者を務めていた期間が長く、新日フィル定期を振るのは20数年ぶりという。ストラヴィンスキーが弾まなかったのは指揮者とオケ、双方がまだ「手探り」の状態にあったからなのかもしれない。サン=サーンスの大詰めでは、沼尻に珍しいほどの激しい加速(アッチェルランド)が現れ、熱狂的なクライマックスに至った。


2曲の間にはリストの「ピアノ協奏曲第1番」。ソロの實川風(じつかわ・かおる)は内外のコンクールで上位入賞を重ね、「大器」の呼び声高い31歳の男性ピアニスト。大ホールでスタインウェイのフルコンサートグランドを豪快に鳴らすテクニックと素晴らしい音色を持ちながらも、それを聴衆圧倒の武器とはせず、作曲家の世界を隅々まで究め、内実を語り尽くす方向で最大限の成果をあげる。「トライアングル協奏曲」とも揶揄され、外面の派手さを批判されがちな「第1番」の協奏曲から大作「ロ短調ソナタ」を想起させる深い瞑想、「夜の音楽(ナハトムジーク)」の感触を見事に引き出し、木管楽器との室内楽的な〝会話〟にも抜かりはなかった。自らピアノの名手である沼尻の指揮も「伴奏」以上の積極性に富み、いつもより数ランク上の作品に聴こえた。ソロのアンコールは、ドビュッシーの「花火」の水際立った名演。今年は中止になった隅田川花火大会へのオマージュとも思えるが、リストの超絶技巧に傾倒したドビュッシーのピアニズムを介し、後半のフランス音楽(サン=サーンスもピアノの神童として出発した!)への橋渡しも担う秀逸な選曲だった。

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