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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

明日館で聴く益田正洋のJ・S・バッハ


2021年6月13日、東京のJR池袋駅から5分あまり歩いた所にある歴史的建造物「自由学園明日館」 https://jiyu.jp/の講堂でギタリスト益田正洋の「J・S・バッハ無伴奏チェロ組曲全曲コンサート」を聴いた。「デビュー30周年記念 ファンの皆様への感謝をこめて」の副題に驚き、「まだ若いのに」と思ったら、故郷の長崎で中学2年生のときに開いた最初のリサイタルからのカウントだそうだ。「毎年続けてきたリサイタルでは、ほぼ必ずJ・S・バッハの作品を取り上げてきました」といい、 今年は自身が編曲した「無伴奏チェロ組曲」のCD(フォンテック)を2度に分けてリリース。その前半(第1ー3番)のレビューは、すでに当HPに掲載した。


一部を再掲すると、「編曲も益田自身が行い、第1番をト長調からハ長調、第2番をニ短調からイ短調、第3番をハ長調からト長調…と、バッハ自身がリュート用に編曲した際に用いた手法ーー原調から完全4度ずつ移調した『近親調』で統一している。その反映かどうかは良くわからないが、『ギター奏者の個性』を強く押し出す行き方の真逆で、バッハの作品世界が前面に出てくる趣がある演奏だ」「益田はもともと優秀なギター奏者であり、絶えず人肌の温もりを感じさせる点に好感を抱いてきた。だが、ここまでバッハを深く研究し、原曲の持つ感触を損なわないまま、ギター独自の穏やかな響きも生かし、聴き手のごくそばに寄り添う演奏を達成する」ーーといった内容だった。


本来は5月4日、品川区立五反田文化センターで記念リサイタルを予定していたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策の緊急事態宣言に対応し、延期を決めた。同じ会場を予約できず、同じJR山手線沿いの池袋にロケーションを移したが、本館完成6年後の1927年(昭和2年)、フランク・ロイド・ライトとともに本館を設計した遠藤新が今度は単独で手がけた講堂という歴史的建造物で聴くギター、バッハのには格別の味わいがあった。


日曜日のゆったりとした時間を生かし、11時半からの「午前の部」に第1、5、4番、2時半からの「午後の部」に第3、2、6番とそれぞれ1時間サイズの2公演を連ね、最後は第1番のプレリュードをアンコールに弾いた。昼休みには池袋一帯を散策し、ランチをとり、リッチな時間を堪能した。講堂のガラス窓からは柔らかな陽光が差し込み、周囲の緑も目に入る。多くの聴衆が「ファンの皆様」とみられ、温かな雰囲気の中でステージと客席が溶け合っていく。CDとの比較では「人肌の温もり」を感じさせる音色が一段の柔軟性を増し、客席への語りかけ、さらに反応を受けての打ち返しを闊達に進めながら、その場にいた全員がバッハの作品世界に浸りきる一体感を共有した。奏法も洗練されているのだろう、余計なノイズがほとんどなく、調弦に延々と時間を費やすこともないので、時間の経過が物すごく短く感じられる。奏者も聴衆もライブの時間軸とともに作品への共感度を高め、最後、第6番での高揚には一種、ロマンティックな香りさえ漂っていた。

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