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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

新国立劇場、ストラヴィンスキーからチャイコフスキーに遡るロシアオペラ2本


練り上げられた舞台を観たわけではない。キャスト全員が絶好調だったとも言えない。にもかかわらず「良い上演に接した」と、不思議なほど肯定的な思いを抱かせるオペラ上演だった。新国立劇場が独自に制作するオペラでは初めての完全リモート演出となったロシア語オペラ、ストラヴィンスキー「夜鳴きうぐいす」とチャイコフスキー「イオランタ」の二本立て。演出・美術・衣装のヤニス・コッコスら外国人制作チームは誰も来日できず、演出補の三浦安浩らがテレワークで指示を受けながら、初日を迎えた。指揮者の高関健も(1人を除いて)オール日本人のキャストも基本は代役。高関は初めて振る作品だったそうだ。私にとっても「夜鳴きうぐいす」は2001年2月28日オーチャードホールの東京フィルハーモニー交響楽団オペラ・コンチェルタンテ・シリーズ第21回の沼尻竜典指揮、「イオランタ」は2015年3月公開のMETライブビューイングのヴァレリー・ゲルギエフ指揮で、それぞれ1度ずつ接しただけのレア物だ。前者が45分、後者が90分と短い1幕物のため大概ダブルビル(二本立て)になるが、カップリングは様々。沼尻はツェムリンスキーの「王女様の誕生日」(ドイツ語)、ゲルギエフはバルトークの「青ひげ公の城」(ハンガリー語)と組み合わせていた。2作品ともロシア語、アンデルセン絡みのメルヘンオペラというセットは珍しく、新国立劇場オペラ芸術監督である大野和士のアイデアに負うところが大きいようだ。私は2021年4月6日、全4回のうち2度目に当たる公演を観た。


プログラムノートによれば、コッコスは「形態や色彩、振舞を過剰に演出した《夜鳴きうぐいす》、宵闇漂う内観的な《イオランタ》」と異なる芸術的アプローチをとりつつ、「舞台では2つの作品が一体となって、闇に打ち克つ光の勝利を称える」との芯を通した。「イオランタ」の方は2019年、新国立劇場オペラ研修所試演会のために制作したコンセプトを下敷きにしている。なるほど「夜鳴きうぐいす」ではキッチュな色彩と造作がストラヴィンスキーの玲瓏な音楽に輝きと具体を与え、バレエ音楽や宗教曲も想起させるチャイコフスキーの音楽は幻想的な視覚を得て一段と芳醇に響く。ただリモート指導、ソーシャルディスタンシング(社会的距離の設定)両面の制約か、個々の動きはしっかりしているが、〝かたまり(塊)〟としての機動力やダイナミズムを発揮するまでに至らない。慣れないロシア語歌唱に苦吟するあまり、声を張り上げる度に両手を広げ、歌謡ショウもどきになる歌手もいた。両作品通しで出演する日本在住のロシア人バリトン、ヴィタリ・ユシュマノフの存在がネイティヴな発音やロシア歌劇の〝お作法〟の押さえとして、かなり重要な役割を担っていた。もう1人の連続登板、メゾソプラノ山下牧子の声と適確な歌い分け、演技力にも感心した。


「夜鳴きうぐいす」では題名役の三宅理恵(ソプラノ)、漁師の伊藤達人(テノール)、中国の皇帝の吉川健一(バリトン)が健闘。「イオランタ」題名役、大隅智佳子(ソプラノ)は昨年10月の劇場再開以来、「夏の夜の夢」「フィガロの結婚」に続く代役出演で確実に水準を切り上げ、見事なプリマドンナぶり。父王ルネの妻屋秀和(バス)、マルタの山下、アルメリックの村上公太(テノール)、ベルトランの大塚博章(バス)ら先輩歌手の達者な歌唱に一歩も引けをとらず、光沢のある美声と精彩あふれる演技で耳目を惹きつけたのは新国立劇場オペラ研修所を今春修了したばかり、今回が本公演デビューに当たったバリトンの井上大聞だった。イオランタと結ばれるヴォデモン伯爵は、私生活でも大隅と夫婦の内山信吾が懸命に歌ったが、高音がきつく、ドラマティックテノールの人材不足に思いをはせた。


高関の指揮は素晴らしい。いつもの楽譜本位で几帳面なアプローチながらストラヴィンスキーのスコアの精妙なニュアンス、チャイコフスキーの情熱をきっちりと描き分けた。とりわけ「イオランタ」大詰めのエモーションのうねり、高揚感は観客を大きな共感と感動の渦に巻き込み、熱狂をもたらした。東京フィルのポテンシャルも十全に引き出し、イタリア人首席クラリネット奏者アレッサンドロ・ベヴェラリをはじめとするソロの魅力も際立たせた。


昨年秋以降の新国立劇場オペラは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的拡大に伴う緊急措置をとりつつ「二度と閉鎖はしない」との方針を貫き、必ずしも完成度の高い上演ばかりとはいえないが、かつて大野が望んだ「日本人歌手や指揮者にとってのMET(メトロポリタン歌劇場)」の様相を急速に呈してきた。コロナ禍明け以降も極端な外国人偏重に復せず、内外の人材バランスを巧みにとりながらの運営を続けるよう、切に願っている。

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