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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

尾高忠明&大フィルの陰影に富むマーラー「第4」、横坂源のハイドン「2番」


定期演奏会だけのために大阪1泊のプチ贅沢

マーラーの番号付完成品9曲の交響曲のうち「最も小ぶりでかわいい」と思われがちな「第4番ト長調」がこれほどまで深い作品だったとは!


2018年4月の音楽監督就任から3年半、尾高忠明と大阪フィルハーモニー交響楽団(大フィル)の共同作業はコロナ禍中にも着実な進化を遂げた。指揮者自身の円熟と楽員の世代交代が重なり、意思疎通の柔軟性と深化をもたらしている。


2021年11月23日、大阪フェスティバルホールの第553回定期演奏会(祝日のため午後3時開演)は外国からの指揮者、ソリストが来日できず、音楽監督と日本人ソリストの共演に替わった。前半が横坂源独奏でハイドン「チェロ協奏曲第2番ニ長調Hob.VⅡb:2」、後半がマーラーの「第4」で、第4楽章のソプラノ独唱には東京二期会から安井陽子が招かれた。


ハイドンの前奏が始まった瞬間、尾高がウィーン音楽大学でハンス・スワロフスキー教授(クラウディオ・アバドやズービン・メータの恩師)に師事した直後の1974年、27歳の若さで東京フィルハーモニー交響楽団常任指揮者に就き、当時も今も日本のオーケストラでは稀なハイドンの交響曲シリーズに挑んだ実績を思い出した。早世した父、尚忠も1930年代のウィーンでフェリックス・ワインガルトナーに指揮を学んでおり、尾高の音楽作りの根幹がウィーンにあることは間違いない。ハイドンの柔らかく透明な響きは、かつての大フィルと明らかに異なり、尾高とともに究めた新しいサウンド・アイデンティティーといえる。


横坂のチェロはソリスト根性丸出しの真逆、室内楽の感覚でオーケストラに溶け込み、ハイドンの様々なアイデアを慈しむかのように追体験する。「もう少し強く押し出しても」と思わせつつ、次第に音楽の内側へ聴き手を引き込んでいくのが横坂の持ち味だ。アンコールのJ・S・バッハ「無伴奏チェロ組曲第2番〜サラバンド」でのゆったり、深々した呼吸には横坂の美点がより明確に現れていた。


マーラーではオーケストラが拡大した。16型編成(第1ヴァイオリン16人、第2ヴァイオリン14人、ヴィオラ12人、チェロ10人、コントラバス8人)が可能なのは、巨大な舞台のフェスティバルホールならでは。久しぶりに聴く、豪快な大フィル・サウンドだ。ハイドンが完成した交響曲の基本に様々なアイデアを盛り込み、極限まで拡大したマーラーもまたウィーンの音楽家であり、国立(宮廷)歌劇場の監督を務めた。かつて聴いた尾高のマーラーはタクト(指揮棒)さばき鮮やかにオーケストラをドライブ、指揮法や管弦楽の性能に感心した半面、全音均等でブレスなく繋がるフィリップ・グラス、ジョン・アダムズのミニマル的世界を想起させる異和感も覚えた。ところが今回、タクトなしでニュアンス豊かな指示を与え、1つ1つのフレーズを慈しみながら十分な「ため」もつくり、絶妙のアーティキュレーションとフレージングに満ちた「第4」が現れ、ほとんど腰を抜かすほど驚かされた。


とりわけ中間2つの楽章の対比ーー第2楽章の愉悦感(すっかり若返った大フィルの管主席たちもソロの妙技で華を添える)と、第3楽章の深い掘り下げ(「交響曲第5番」以降の展開をはっきりと予感させる)は鮮烈だった。終演後の楽屋で、尾高は「第4番の第3楽章は本当に凄い音楽で、ことによると第9番よりも深いのではないかと今回、認識を新たにしました」と語った。これほどまで味わいに富む「第4」の第3楽章を実演では初めて聴いた。


ソプラノの安井が第2楽章と第3楽章の間に下手から現れた時、場違いな拍手が全く起きなかった。それだけ、客席が尾高と大フィルの目覚ましい成果に引き込まれていたのだとも思う。カーテンコールで尾高が拍手を静止、「あの場面で拍手が全く起きなかったのは奇跡でした。本当に素晴らしいお客様に、お礼を申し上げます」と謝意を述べた。安井は「夜の女王」(モーツァルトの歌劇「魔笛」の登場人物)の超絶技巧を歌いこなすコロラトゥーラだが、ご主人でワーグナー歌いの友清崇(バリトン)ともどもウィーンで学び、ドイツ語歌唱の確かさにも定評がある。「先日まで超高音の夜の女王を歌っていたので、メゾ・ソプラノに近い音域のマーラーにチェンジするのは一苦労でした」と謙遜するが、ただの天使の歌ではなく、皮肉やグロテスクを交えた歌詞をきっちり語りかけるように歌い、確かな解釈力を示した。歌と歌の間の弦楽合奏では、冒頭のハイドンで聴いた覚えのあるウィーン風の柔らかな響きが一層のコクを備えて現れ、今回の演奏会が紛れもないウィーン音楽特集だったことに気づく。尾高は創立指揮者の朝比奈隆が固めたダークで重心の重い「大フィル・サウンド」の基盤に柔軟性と透明度を加え、より適応力の高いアンサンブルを実現しつつある。

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