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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

小菅優&角田鋼亮、津田裕也&カーチュン・ウォン…ベートーヴェンはまだ続く


生誕250周年を過ぎても、ベートーヴェンの人気は不動、昨年からの振替公演もあって今週も連日、ピアノ協奏曲を聴く展開となった。


1)小菅優(ピアノ)、角田鋼亮指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(2020年1月6日、すみだトリフォニーホール)

ベートーヴェン「劇音楽《エグモント》序曲」「ピアノ協奏曲第1番、第5番《皇帝》」

小菅はすでに「ピアノ・ソナタ」全32曲の連続演奏会(2010ー2015年)を済ませ、現在は室内楽や歌曲も網羅してピアノを伴う全作品を制覇する企画「ベートーヴェン詣」に挑んでいる。9歳でドイツに渡り、ドイツ語で思考し、音楽にとどまらないドイツ文化全般を全身に吸収した。ベートーヴェンのライヴでも楽興が昂まった瞬間、粗暴というか狂気というか、ふつうの日本人が踏み込まない領域まで突き進み、作曲家の激情を奥底から開放する。一心不乱に核心を見つめつつ、どこか茫洋としたスケールの広がりを漂わせる小菅のピアノ芸術(Klavierkunst)は、第1番よりも《皇帝》で、より強い説得力を発揮した。


室内楽にも優れた適性を示すピアニストだけに指揮者のみならず、絶えずオーケストラ全体とアイコンタクトをとり、木管やホルン、ティンパニのソロと緊密な会話を繰り広げる余裕もまた、音楽に一層の奥行きと立体感を与える。新日本フィルもピアニストの意気に感じたのか柔軟な対応が目立ち、「大きな室内楽」の様相を呈した。角田の指揮は横の流れを重視したもので、そつのない〝付け〟だった半面、もう少しアクセントを強調しても良いかとも思われた。すべてに聴きどころ満載の演奏のためか、時間があっという間に過ぎていった。


2)津田裕也(ピアノ)、カーチュン・ウォン指揮神戸市室内管弦楽団(2020年1月7日、紀尾井ホール)

ベートーヴェン「交響曲第1番」「ピアノ協奏曲第3番」「交響曲第8番」

ソリスト・アンコール:「《6つのバガテル作品126》より第5番」

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴い、昨年から今年に延期された「ベートーヴェンの森」シリーズ第2回公演。指揮がジョナサン・コーエンからウォン、ピアノがキム・ソヌクから津田に替わった。よくよく考えれば最年長39歳の角田も含め、2公演4人のアーティスト全員が30代の働き盛りにある。シンガポール生まれのウォンは最年少の34歳だ。2016年にドイツのバンベルク交響楽団が主催するグスタフ・マーラー国際指揮者コンクールでアジア人初の優勝を果たし、現在はニュルンベルク交響楽団首席指揮者。今回の客演コンサートマスターには偶然ながらバンベルク響の第2コンサートマスター、砂原亜紀が招かれた。編成は弦が6・6・5・4・3の6型。フルートに白尾彰、クラリネットに山本正治、ティンパニに近藤高顕…と、少し前まで錦糸町界隈で見た顔もちらほら(笑)。


当夜最大の収穫は、津田のピアノだった。今は亡きゴールドベルク山根美代子の教えを受けた最後の世代に属し、2007年の仙台国際音楽コンクールに優勝した時点では「本格派だが未完の大器」の印象が拭えなかった。2年前(コンクールの11年後)のある審査で、伴奏者として現れた津田を聴き、「大化けした」と思った。磨き抜かれた様式感で無駄口をたたかず、自然な音色とフレージングで作品の実像をくっきりと浮かび上がらせていく。今回はピアノソロの〝入り〟からして、「名演奏になる」と確信させるだけの迫力があった。ベートーヴェンを弾くにふさわしい木質系の暖かく自然な音色ながら、色彩の変化は多様。キリッと引き締まった造形と強じんな推進力は、第1&2番のあと飛躍的にスケールアップした「ハ短調の第3番」のインパクトを余すところなく伝えた。小菅の素晴らしさが「想定内」だったのに対し、津田の非の打ち所がない名演奏は(失礼ながら)「うれしい驚き」といえる。ティンパニが重要な役目を担う協奏曲でもあり、古典タイプの楽器から水際立った音楽を叩き出した近藤の健在ぶりにも目をみはった。


ウォンの指揮は瞬間の精彩に富む半面、「開始の瞬間に終止も内包する」といった認識からくるはずの基盤テンポ(グルンドテンピ)を欠き、場面ごとのアゴーギク(テンポやリズムの意図的変化)が優先されるので、古典派交響曲としての形の定まりにくい憾みがある。「第1番」が何となく流れてしまったのもそのせいだと思われるが、「第7番」と「第9番《合唱付》」の谷間で小ぶりなサイズながら、あちこちに新たな仕掛けが隠されている野心作の「第8番」、とりわけ後半2つの楽章ではウォンの才気というか邪気が生きて、それなりに面白い効果を上げていた。

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