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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

小山由美(Ms)と佐藤正浩(Pf)が秋の入口に奏でたブラームス歌曲の味わい


ブラームスだけの女声リサイタルは珍しい

2021年10月2日。コロナ禍対策の緊急事態宣言解除後最初の週末で急激に人が出た渋谷の喧騒をかき分け、富ヶ谷のHakuju Hall(白寿ホール)で午後3時開演の「Hakujuの歌曲 #1 ブラームスの愛と死〜小山由美メゾ・ソプラノ」を目指した。シュトゥットガルト近郊で長くドイツ人作曲家と家庭を構える小山の歌を聴くのは、随分と久しぶりの気がする。


前半は民族衣装風のコスチュームで民謡ベースの作品から次第に芸術歌曲の色彩を強めて後半、黒のドレスに着替えて「4つの厳粛な歌」でブラームス最晩年の突き詰めた死生観と正面から向き合う構成は秀逸だ。前半は小山自身による日本語訳を舞台後方に映した上、佐藤も解説を加えるなど、ドイツ歌曲(リート)に馴染みがない層への配慮も万全だった。


小山の声は全く衰えないどころか、低音域は以前より厚みを増していて、ブラームスの音楽の土台をしっかりと固める。ドイツ語の発音は明晰極まりなく、細かいところまではっきりと聴き取れる。例えば「5つのロマンスとリート」作品84の第4曲「かい(甲斐)なきセレナーデ」。ドイツ文学者の小塩節先生がNHKラジオのドイツ語講座の講師をされていた頃、月替わりで紹介したリートの中に含まれていた作品で強く耳に残っていたが、恋心を抱く男性と、つれなく接する女性の掛け合いである実態までは当時、気づかなかった。小山は新国立劇場や東京二期会、琵琶湖ホールなどの舞台で長くオペラを演じてきた「歌役者」だけに声色を巧みに使い分け、会話仕立ての作品のドラマもくっきりと再現する。つい最近までブラームス「ヴァイオリン・ソナタ全曲(第1ー3番)」の楽曲解説を書くため繰り返し聴いていた「第1番」第3楽章の主題の原曲、「雨の歌」が聴けたのも嬉しい偶然だった。


後半は字幕なし。佐藤は休憩前「プログラムに挿入された日本語訳を予め、読まれることをお勧めします」と伝えた。ルター新約聖書に基づく歌詞の中でも、とりわけ第4曲「たとえ私が人々や天使の異言で話したとしても」(第1コリント 13章1〜3 12〜13節)の最後は深く心にしみる:


Nun aber bleibet Glaube,Hoffnung,Liebe,

Diese drei;

Aber die Liebe ist die größeste unter ihnen.


このように いつまでも残るものは 信仰、希望、愛である。

その中で、

最も大いなるものは、愛である。


小山はここに巨大なクライマックスを築き、リサイタルの成功を一段と確かなものにした。佐藤のピアノはホールの豊穣な音響を考慮したのか蓋を半開にとどめ、音色をペダルでつくる路線を選択したのではないかとも思え、解像度が少し犠牲になった気がした。それでも小山との長年の共同作業や入念なリハーサルを通じて深めた解釈を反映、素晴らしいリートデュオの世界を対等に形づくっていたのはさすがだった。ブラームスには秋が似合い、日程は秋口の絶妙なタイミングだったはずなのに台風一過の妙な晴天、季節外れの暑さは残念。アンコールの「子守歌」も素敵だが、午後5時では寝るわけにもいかず、一目散に帰宅した。


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