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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

合唱指揮者・三澤洋史、八面六臂の夏


2019年7月12日に東京文化会館で開幕した「オペラ夏の祭典2019−20 Japan↔︎Tokyo↔︎World」の第1回「トゥーランドット」(プッチーニ)。2020年の東京オリンピック&パラリンピックに向けた文化関連事業の一環で東京文化会館、新国立劇場が初めて共同制作で組み、カタルーニャのパフォーマンス集団「ラ・フーラ・デルス・バウス」のアレックス・オリエを演出に招き、大野和士が音楽監督を務めるバルセロナ交響楽団を指揮、世界ランクのキャストを集めた鳴り物入りの舞台で最も注目を集め、高い評価を受けているのがプロの日本人歌手による合唱団だ。新国立劇場合唱団と藤原歌劇団合唱部、びわ湖ホール声楽アンサンブルの混成チームを束ね、一糸乱れないアンサンブルと見事なイタリア語歌唱を統率するのは三澤洋史。新国立劇場の合唱指揮者を2001年から務める第一人者(現在は首席合唱指揮者)だが、今年夏には自作ミサ曲の世界初演、ワーグナー楽劇の指揮など劇場を飛び出しての仕事でも多忙を極める。「すべては日本の合唱指揮者の地位向上への思いから」と語る三澤を東京・初台、新国立劇場そばの喫茶店に呼び出し、話を聞いた。


ーー8月11日に東京芸術劇場、「アカデミカコール演奏会2019」で世界初演する三澤さんの自作「男声合唱と8人のアンサンブルのためのMissa pro Pace」(平和のためのミサ)について、教えてください。

「1990年くらいから、地元の群馬県ではミュージカルをいくつか作曲し、フル編成の群馬交響楽団が演奏したりもしてきました。新国立劇場でもワーグナーの《ニーベルングの指環》に基づく子ども向けの舞台《ジークフリートの冒険》の編曲を手がけるなど実績はそこそこありましたが、一般的には、作曲家と認識されていたわけではありませんでした。宗教音楽に関しては自分自身がカトリック信者であり、《福音宣教》という雑誌にコラムを書いたり、真生会館で講座を開いたりしてきたほか、つい最近まで、東京カテドラルの関口教会の合唱指揮者も務めていたので、つねに身近な存在ではありました。ミサ曲を書こうと思ったのは、この辺りで一度、自分自身の宗教観を形にまとめてみたいと思ったからです。クレドとは信仰宣言であり、信者の統合の象徴ですから、作曲を進めながら裏付けを1つ1つ与え、自分が考え信じていることを深く理解し、伝えようと考えました。幸い、アマチュア合唱団にはプロよりも時間がありますから、じっくりと確かめながら、最初のミサ曲を仕上げることができました。プロ・オーケストラ相手の交響曲の指揮だとリハーサルは2日か3日と限られるため、ゆっくりプロセスを楽しみたい私には面白くないし、不向きなのです」



ーーワーグナーでは名古屋のアマチュアオーケストラの連合体、愛知祝祭管弦楽団と「ニーベルングの指環(リング)」の全4曲演奏会形式上演に2016年から年1作ずつ取り組み、今年8月18日、愛知県芸術劇場コンサートホールの「神々の黄昏」でいよいよ大団円を迎えます。ここでは合唱ではなく、楽劇全体の本番指揮者ですが、バイロイト音楽祭での合唱指導の経験も生きますね。

「皆さん、ワーグナーの荘重さとか精神性を話題にされますが、《リング》の場合は舞台神聖祝典劇の《パルジファル》とは全く異なり、変なキャラクターばかり出てきて、人間の業の部分が前面に現れます。新国立劇場で最初の《リング》演出を手がけたキース・ウォーナー(英国人演出家)は『ストーリーテラー(物語の説明)の巨大化』と、呼んでいました。音楽評論家の東条碩夫さんには『インテンポ(テンポを一定に保つ)だね』と言われましたが、私のやり方はいたずらに精神性のモヤの中に音楽を押し込めたりせず、個々の濃い表情をライトモティーフ(示導動機)に乗せて歌い切るのが基本です。管弦楽は大編成でも、強弱の指示はかなり細かく書かれていますので、それを忠実に再現すれば、声はきちんと聴こえます」


ーー新国立劇場での合唱指揮も、間もなく20年になります。

「最近ようやく、自分が求めてきた音楽が出てきたと思います。バイロイト音楽祭で『これは日本人には無理だ』と痛感、続いてミラノ・スカラ座で修業した際にドイツとは全然異なる合唱へのアプローチに触れ、 ベルカントの世界の力と深さを知りました。以前は日本人にドイツ人の音色を植えこもうと考えていたのですが、それはチェロに『コントラバスの音色を出せ』と無理強いしているようなもので、無理があったのです。チェロはチェロで、きれいな音で鳴らせばいいというわけで、新国立劇場合唱団のトレーニングでも、ベルカント唱法での能力向上を目標に据え直しました。彼らが目立って変わったのは、私がミラノから戻った後だと思います。ベルカントの徹底で1人1人の能力を高める一方、日本人特有の弱音の緻密さを武器に表情をきめ細かく与えていった結果、今の素晴らしいチームとなりました。欧米の名門歌劇場の合唱団員は演技に熱心ではありませんが、新国立劇場合唱団は良く動けるので、外国から招く演出家の要求にも、高い水準で対応できると自負しています」


ーー私がヨーロッパ各地の歌劇場や音楽祭で知り合ったオペラ歌手たちは全員、「日本のオペラの合唱団は世界一の水準。芸術性も抜群だ」と、お世辞ではなく評価します。その裏に「ドイツ歌劇であっても基本はベルカント」という三澤マジックがあったとは、発見です。ありがとうございました。



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