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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

初来日のヴィルトゥオーゾピアニスト、パレイの「あっ、ぱれい!」

更新日:2018年10月6日


「僕は日本の文化も芸術も愛してきた。浮世絵もたくさん所有している。三島由紀夫も川端康成も大江健三郎も主にロシア語で読破した。妻は台湾人だし、中国でも無数の演奏や審査の経験がある。でも、日本で演奏する機会にだけは恵まれなかった。周囲は『なぜ?』といぶかしがってくれたけれど、自分は自然に構えていれば、いつか機会が訪れると思っていたよ」。モルドバ共和国出身、旧ソ連時代に2人のヴェラ〜ダヴィトヴィッチとゴルノスターエヴァ〜にロシアン・ピアニズムの真髄を叩き込まれ、さらに当時「西側」のフランスへ出てレーヌ・ジャノーリに師事、現在はパリとニューヨークを拠点に世界で演奏・教育活動を展開するアレクサンダー・パレイ(57)の日本初ライヴを5日、新大阪駅近くのムラマツ・リサイタルホールで聴いた。パレイはピアニストの児玉麻里・桃姉妹の親友で、麻里とケント・ナガノ夫妻の長女、カリン・ナガノの先生でもある奇縁。今回の使用ピアノは、主催の大阪国際音楽コンクールが用意したドイツ・ライプツィヒの名器、ブリュートナーだった。


曲目は前半がシューベルトの「4つの即興曲作品90」と、その歌曲をリストがピアノ独奏用に編曲した「アヴェ・マリア」「シェイクスピアのセレナーデ」「連祷」「魔王」。後半がブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲」だった。さらにアンコールが、リスト「ラ・カンパネラ」、ルビンシテイン「メロディ」、モシュコフスキ「花火」の3曲。


たどった道が示す通り、ヴィルトゥオーゾ(名手)の名声に疑念をさしはさむ余地はない。轟音の重低音や最強音、目覚ましい指の回転を「伝家の宝刀」のごとく抑え、比較的ゆっくりのテンポで陰翳をくっきりと描く。打鍵も「叩く」「弾く」より「歌う」「語る」姿勢に徹し、楽曲に秘められた作曲家の肉声をリアルに蘇らせる。超絶技巧は「魔王」など、楽曲自体が狂気や超常現象を内包している場面でのみ、大地の轟きのごとき盤石の最強音を全開にする。歌心に徹したシューベルト、あるいはリスト編曲のシューベルトに対し、ブラームスの一筋縄でいかない変奏曲では、下敷きとなるヘンデルの音楽様式、はるかに若いブラームス独自の様式の二面性を見事に描き分けつつ、厚みある和声感、色彩感、何ともいえないチャーミングな歌い回しで誰にでもわかるよう淡々、くっきりと再現した。「ヘンデル・ヴァリエーション」の演奏設計、語りくちの巧さとして、世界最高の域に達していたと思う。



この素晴らしいヴィルトゥオーゾを聴き逃すのは、人生最大の不幸かもしれない。今からでも遅くはない、10月7日午後2時、東京都世田谷区岡本の松本記念音楽迎賓館(音響大手パイオニアの創業者である松本望さんの邸宅を改造したサロン。自然環境にも配慮した素敵な景観が素晴らしい。 http://ongakugeihinkan.jp/ )での東京リサイタルを何としてでも、お聴きいただけたらと思う。ピアノはブリュートナーでも1909年製、スタニスラフ・ブーニン所有のアンティーク楽器に替わり、大阪とはまた違う響きが楽しめる。席数が最大60とこじんまりした会場なので、できれば同館あて、事前の予約が望ましい。ちなみに私も大阪国際音楽コンクール審査員で、今回はパレイのアテンドを担当しているインサイダー。しかしながら、とにかく素晴らしい音楽家であり、1人でも多くの方に認知してもらえればと切に願う。

(オフの写真は大阪公演の打ち上げ。左は大阪国際音楽コンクールの北野蓉子実行委員長)


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