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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

仲道郁代のショパン求道、プレイエルとヤマハで同曲を1日2公演で弾き分ける


ピアニスト仲道郁代は今年55歳となったのを機に「向こう10年、クラシック音楽の王道を極める」と宣言してクロスオーバーなど企画物の演奏会から完全撤退。2018〜27年の10年間にサントリー大ホールで「ベートーヴェンが確立した巨大な世界へ」、東京文化会館小ホールで「ピアノの音が醸成する深い味わいの世界へ」と題したリサイタルシリーズをそれぞれ10回、計20公演を続けることを決めて記者会見を開き、すべての曲目を発表した。サントリーの初回は今年(2018年)4月30日。自宅からニューヨーク・スタインウェーを持ち込みモーツァルトのイ短調ソナタK310、ベートーヴェンの「熱情」ソナタ、ブラームスの第3ソナタと、いきなり横綱相撲の3曲で凄まじい決意を印象付けた。デビュー当時は「倉沢淳美に似ている」などと言われ、可憐な容姿でふんわり癒し系のピアノを弾く雰囲気に人気が集まったが、10年シリーズの開始ではアイドル路線(と周囲に誤解されてきた要素)を完全に削ぎ落とし、往年のアニー・フィッシャーやエリー・ナイ、ジーナ・バッカウアーら「無愛想なお婆さんピアニスト」を想起させるビターな芸風へと大きな変貌を遂げていた。


東京文化会館小ホールの初回に当たった今日(10月27日)は「ショパンを弾く」と題し、「24の前奏曲」「4つのバラード」と核になる大作2編を午後1時開演では1842年製プレイエル、4時開演ではヤマハの最新モデルCF−Xと仕様、性能、音色の全く異なる楽器(前者はピッチも430Hzと低め)で弾き分ける大胆な試みに挑んだ。半年前のサントリーホールで際立ったビターな感触は一段と強まって、ある時に求道者、またある時に憑依系と様相を変えながら、聴き手をショパンの音楽の核心へと一気に引き込む。プレイエルの温雅な音色はかなりのα波を放つらしく、最初の音からして全身になじみ、心地よい気分に陥る。昼下がりの時間帯のせいもあるのだろうが、客席のあちこちから微かなイビキが聴こえたのは、あまりに耳触りのいい響きに心身がまどろんだ結果としか思えない。現代ピアノに比べ不揃いな発音はプレリュードの24の小宇宙それぞれを語り、描き分けるのに予想以上の威力を発揮した。バラードでは、普段あまり目立たない第2番のデモーニッシュな側面が程よい距離感を伴って浮かび上がり、ハッとさせられた。仲道も終演後、「CF−Xなら過剰になっていた」といい、プレイエルなればこそ可能なリスクをとったことを認めていた。


これに対しCF-Xは、プレリュードの小宇宙の集合体が次第に巨大な宇宙へと広がっていくスケールをリアルに再現する。バラードの場合も最も発想が巨大で込み入り、難易度の高い第4番のドラマを滔々と語るのに最大限の効果をあげた。昼夜ともアンコールの1曲目は練習曲作品10の第3番「別れの曲」。全曲ではなく単独の小品としての再現に徹し、非常にゆっくりとしたテンポで客席に語りかける。これがまた、それぞれの楽器の特徴を描き分けるのに最適の場面を提供した。2回の演奏会はあっという間に過ぎ、大きな満足感を残した。

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