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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

下野竜也の指揮&藤田真央のピアノで2週連続2演目の読響、伏線を読む楽しみ


注)某氏の「作曲仕様リスト」ではありません

読売日本交響楽団がサントリーホールで行った2021年5月21日の第608回定期演奏会、25日の第642回名曲コンサートの2公演は同じ指揮者=下野竜也、ピアニスト=藤田真央を起用し、強い関連性を持たせたプロデュース力で魅了した。


上記トップ画像では曲目リストに赤字でソリスト・アンコールを書き加える一方、伏線と思われる関係を何色かの鉛筆で結んでみた。21日は「イニシャルM」の作曲家2人。チェコのボフスラフ・マルティヌー(1890ー1959)はナチスの弾圧を逃れ、パリから米国へ渡った。初期の「過ぎ去った夢」に現れたドビュッシーやワーグナーの残像に代わり、次第にストラヴィンスキーやショスタコーヴィチらロシア近代音楽やジャズの影響を受けていく。後半のメイン、「交響曲第3番」(1945=日本初演は1984年7月17日、フランティシェク・イーレク指揮の読響が担った)とストラヴィンスキーの「バレエ組曲《火の鳥》1919年版」が先ず、2つの演奏会で対をなす。藤田が独奏した協奏曲はモーツァルトが(アンコールも含め)ハ長調、ラフマニノフがハ短調、「アヴェ・ヴェルム・コルプス」(リスト編)がニ長調。明らかに調性の連関を意識している。18世紀のモーツァルト、20世紀のラフマニノフはともに鍵盤演奏のヴィルトゥオーゾ(名手)で、先達のJ・S・バッハを含めた鍵盤音楽や奏法の発達史のメインストリームを担った作曲家という共通項がある。ラフマニノフとストラヴィンスキーはともに19世紀末のロシアで生まれ、20世紀のアメリカに没した。


サミュエル・バーバー(1910ー1981)は長くジャンカルロ・メノッティ(1911ー2007)と〝夫婦〟関係にあったLGBTQの作曲家。ハンナ・ケンドール(1984ー)は南米ガイアナ系移民の両親の下ロンドンに生まれた女性。BBC(英国放送協会)ラジオ3の委嘱作「スパーク・キャッチャーズ」は英国で初めてエスニック・マイノリティ(少数人種)により結成されたプロ・オーケストラ「チネケ!」が2017年のBBCプロムスで世界初演している。「19世紀のマッチ工場で過酷な労働を強いられた少女労働者たちの抗議活動がテーマ」といい、日本の女工哀史や「ああ、野麦峠」にも通じる世界だ。バーバーとケンドールを結ぶ「線」のキーワードはマイノリティ(少数者)、ダイバーシティ(多様性)と解読した。


下野は2006年から読響正指揮者、2013ー2017年に首席客演指揮者だった。2017年4月、48歳で広島交響楽団音楽総監督となり、50代を目前に念願のシェフ(指揮者チームの序列1位)ポストを初めて得て以降、みるみる音楽の恰幅が良くなり、綺麗に整えて派手に鳴らす職人的手腕以上の劇的説得力や響きの冴えをみせるようになった。マルティヌーの交響曲やバーバー、ケンドールでは現在の下野の魅力がふんだんに発揮され、特にマルティヌーの終楽章(第3楽章)、熱く重なり合い粘りながら明瞭度を失わない読響の総奏(トゥッティ)では日本の指揮者とオーケストラがコロナ禍を通じ獲得した新次元の響きを聴いた。残念ながら「火の鳥」はヘヴィな2連投を終える解放感が極まったのか、劇的ではあったが、百花繚乱の合奏が混濁を招く場面もあり、マルティヌーほどの完成度を獲得できなかった。


マルティヌーやバーバー、ケンドールの〝レア物〟を鮮やかに再現する下野と読響の力量は定評を確立済み。ケンドールの日本初演には聴衆、楽員の双方から盛大な拍手が贈られた。


藤田がソリストに現れるたび、ホールは宇宙人と交信する空間に一変する。モーツァルトでも「初めて弾く曲の上、テレビ収録があって緊張しました」という本人の言葉を額面通り、受け取ることはできない。確かに弱音のニュアンスを生かしつつ神妙に弾くあまり、18世紀音楽で半ば不文律とされる頭拍(フレーズの1拍目)のアクセントが埋もれ全音均等に聴こえる部分など、最初は「いつもと勝手が違うのかしら?」と心配したが、第1楽章の自作カデンツァに入ったら真央ワールドが全開、バッハからロマン派までの壮大なピアノ絵巻を延々と開陳した。ピアニストがリハーサルに加わる前に整えた土台は大きく崩れ、下野は藤田と改めてスコアを読みつつ、管弦楽を大幅に修正したという。ラフマニノフで「その轍は踏まじ」となったのか、藤田と下野の一体感は凄かった。藤田は「皆さんが考えているよりもっと洗練され、都会風の作曲家だと思うのです」といい、ラフマニノフ自作自演の録音の颯爽としたテンポ、さらりとした味わいへのリスペクトを基本に快速で駆け抜けた。20世紀最初の年(1901年)に初演された作品をモダニズムの嚆矢ととらえ、甘ったるく安っぽい感傷のかけらも残さないラフマニノフ、きらきら輝くタッチの美は強い印象を残した。

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