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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ヴェデルニコフ指揮N響のロシア尽くし


代々木公園の「青の洞窟」イルミネーション

毎年12月のNHK交響楽団定期演奏会は昨年までA~Cの3シリーズとも名誉音楽監督シャルル・デュトワの指定席で、「チャーリーの12月」と親しまれていた。今年も…のはずが、世界を駆け抜けた「me,too」の波に飲まれ、大昔の「セクハラ」ネタ?を引っ張り出され、「1年お休み」となった。11月のサンクトペテルブルク・フィルハーモニーのアジアツアーでは音楽監督ユーリ・テミルカーノフが実兄の死をきっかけに体調を崩し、首席客演指揮者のデュトワが台湾や韓国などの代役を務めたが、日本だけはロシア人の副指揮者に差し替わった不思議な展開も、N響休演の余波だろう。で、N響定期の代役はAがアレクサンドル・ヴェデルニコフ、Bがウラディーミル・フェドセーエフ、Cがバルタザール・ノイマン合唱団とともに来日するトーマス・ヘンゲルブロック。AとBがロシア音楽特集で、Cは「N響20年ぶりのバッハ宗教曲」のドイツ編と、これはこれで面白いメニューに落ち着いた。


1964年モスクワ生まれのヴェデルニコフは、ボリショイ劇場音楽監督を経て現在はデンマーク王立歌劇場首席指揮者を務めるオペラのマエストロ。ルガーノ音楽祭でのマルタ・アルゲリッチとの共演などシンフォニーコンサートの分野でも活躍し、N響との共演も2009年以来すでに5回目となるので、気心知れた様子が伝わってくる。ボリショイ時代に1度インタヴューしていて、勉強熱心で誠実な指揮者という印象が今も残る。2018年12月2日、NHKホールでのA定期2日目はスヴィリドフの「組曲《吹雪》〜プーシキン原作の映画から」、スクリャービンの「ピアノ協奏曲」(独奏=アンドレイ・コロベイニコフ)、グラズノフの「交響曲第7番《田園》」。かなりマニアックなプログラムながら、折しもホール外の代々木公園の道で始まった「青の洞窟」のイルミネーションにもマッチ、長く寒いロシアの冬にポッと灯る音楽の温かな響き、歌心といった感触を確かに伝える名演を繰り広げた。


ショスタコーヴィチの弟子に当たるスヴィリドフの映画音楽には、そうしたロシアの情景が散りばめられ、ある種の過剰感も伴いながら、渋谷の客席をプーシキンの世界へと誘った。続く協奏曲では、コロベイニコフがいかにも「私の十八番です」と言わんばかり、自信満々のソロを披露したが、あまりに恣意的なテンポの動かし方、爆演風の突っ込みがスクリャービンの玲瓏な音楽の佇まい、透徹した感覚を損ねてしまった感は否めない。ヴェデルニコフの指揮はソリストの持ち味を最大限に生かしつつ、様式の維持にも気を配った立派なもの。恐らく私にとって初ライヴのグラズノフの「田園」交響曲は先ず、曲の良さに耳と心を奪われた。構造的には立派な大交響曲だが、ベートーヴェンの同名作品の形而上的世界の代わりにロシアの広大な国土、自然、音楽好きの国民性など現世の美に満ち溢れている佳作だ。前の2曲で老練なツアーコンダクター、ヴェデルニコフにロシア音楽の森へと導かれたN響の楽員たちが深い共感、高い技術でグラズノフの管弦楽の妙を描き出し、気分は最高だった。前日に客席全体の失望を誘ったというフライングブラヴォーが2日目はなくて、ひと安心。

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