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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ヴァイグレ&読響、ノット&東響〜シェフ復帰チームの「第九」を聴き比べた!

更新日:2020年12月30日


読売日本交響楽団常任指揮者のセバスティアン・ヴァイグレ、東京交響楽団音楽監督のジョナサン・ノットと、在京オーケストラの外国人シェフ2人が歳末恒例の「第九」(ベートーヴェン「交響曲第9番《合唱付》」)の時期、日本に戻ってきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が日本より一足先に欧州で再び拡大、大半の演奏会やオペラ公演が中止に追い込まれた瞬間をとらえ、2週間の待機期間を東京で過ごすことが可能になったからだ。


1)ヴァイグレ指揮読響(12月20日、東京芸術劇場コンサートホール)

森谷まり(ソプラノ)、ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー(メゾ・ソプラノ)、A・J・グルッカート(テノール)、大沼徹(バリトン)、新国立劇場合唱団(合唱指揮=冨平恭平)

15か月ぶりのヴァイグレ。本国ドイツで「第九」を振る機会はあまりないが、日本独自の演奏史も入念に下調べしていた。詳しくは「ぶらあぼ」Web版の拙稿インタビューで↓


一気に7公演の大きなチャンスが到来しても、いや、連続公演だからこそ、長くフランクフルト歌劇場音楽総監督(GMD)の職責にあるヴァイグレは、劇場指揮者の生理に忠実だった。1回の公演ごとオーケストラ、独唱者、合唱団のコンディションや会場の音響、客席の雰囲気を敏感に読み、演奏を刻々変化させていった。例えば私が聴いた20日、最終楽章の管弦楽だけになったコーダ(終結部)に現れたスビトピアノ(即興的な弱音)は「初めて実行したアイデア」で、「初日はただ、一気呵成にたたみかけていた」という。同じ主題、旋律の繰り返しでも2度と同じようには再現せず、「刻々と変化する時間の芸術に、オペラ指揮者の流儀で対処、生き物としての演奏を目指した」と、ヴァイグレは自己分析する。


ベーレンライター新版に基づくが、ヴァイオリンは通常配置(ストコフスキー式)。第1ヴァイオリン10人でスリムな管弦楽と、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の設定)を考慮した40人編成の合唱団。二期会とフランクフルト歌劇場から2人ずつ参加したソリストも合唱団に参加した実力派の歌手たちとの落差が少なく、一体の響きをつくる。人海戦術の従来型「第九」では合唱にマスクされてきた、声楽と管弦楽の美しい和声のアヤがくっきりと浮かび上がり、ベートーヴェンの作曲の妙と改めて向き合えたのは収穫だった。ヴァイグレはことさらピリオド楽器的な奏法、過度のヴィブラート抑制を求めないものの、モーツァルトを思わせる軽やかで引き締まった響きを基調に、古典の品格を確かに示した。独唱者は内外格差がないばかりか、むしろ日本人優勢だった。何かとつらかった1年の終わりに心底癒される、自然派でオーガニック(有機的)なベートーヴェンを聴けて良かった。


2)ノット指揮東響(12月28日、サントリーホール)

ジャクリン・ワーグナー(ソプラノ)、中島郁子(メゾ・ソプラノ)、笛田博昭(テノール)、リアン・リ(バリトン)、新国立劇場合唱団(合唱指揮=河原哲也)

ノットも2020年最初(で最後)の来日後2週間の待機を東京都心のホテルで済ませ、「第九」に滑り込んだが、独唱者4人のうち2人は来日を断念、中島と笛田が代役に呼ばれた。同じ楽譜に基づくとは信じられないほど、ヴァイグレとは対照的な演奏がノットらしい。合唱のサイズは読響と同じだが、弦は対向配置。第1ヴァイオリンは12人だ。ノットはボウイングやアーティキュレーション、フレージング、アクセントなどを徹底して吟味、どこ一箇所たりとも慣習で弾くことを許さない上、本番では必ずリハーサルになかった即興を仕掛けてくる。コンサートマスター水谷晃の臨機応変の対応も今や、名人芸の域に達している。


最初はヴァイグレのオーガニックな感触が耳に残っていて、ノットのウルトラ人工的というか完全制御型のアプローチに違和感を覚えた。しかし世の不正を暴き、正々堂々と糾弾するかのようなティンパニの強打に及び、 「Beethoven and this Covid year, and there is so much relevance in that piece for us all(ベートーヴェンとコロナ禍の1年、私たち全員にとってたくさんの関連性が作品の中に存在する)」というノットのメッセージ(終演後に本人と交わしたメールより)が大きく前面に躍り出ると、表向きのエキセントリシティ(特異性)は気にならなくなった。2人のマエストロの性格の違いそのまま、2020年の総括に相応しい音楽を楽しんだことになる。



シュトゥットガルト州立歌劇場から宮廷歌手(Kammersänger)の称号を贈られた中国人バリトン、リは豊麗な声の歌い出しで見事だった。ドイツ語はまだ改善途上ながら、笛田のマーチも輝かしい。女声2人も好演した。P席にディスタンスを保って並んだ合唱団にもヴォリューム面の不満は覚えず、読響のときと同様、歌詞を明瞭に伝えるプロの技を楽しんだ。現桂冠指揮者の秋山和慶が「第九と四季」を振っていた時代からの東響「第九」のアンコール定番、日本語による「蛍の光」は今年も健在だった。合唱団のキャンドルサービスとホール全体の照明効果を伴い、外国人ソリストも加わっての合唱に、ホールの全員が感極まった。オーケストラと合唱団が退出した後も拍手は止まず、まずノット単独、次に独唱4人を伴った5人でステージに戻った。RAブロックの聴衆が掲げた「Welcome Home(おかえりなさい)!」のプラカードにノットは手を振り、大喜びだった。


生年はヴァイグレが1961年、ノットが1962年。英国人ながらドイツ伝統のカペルマイスター(楽長)流儀の修業に身を投じたノットの振り出しが1980年代末、ガリー・ベルティーニGMD時代のフランクフルト歌劇場だったという偶然も面白い。2人とも日本の職場をこよなく愛し、それぞれの楽団の水準を着実に引き上げている。願わくは2021年、もっと頻繁に来日してほしいのだが…。

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