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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

ブロムシュテット指揮N響とカヴァコスそしてブレハッチ、ヨーロッパの底光り


無理やり1つのレビューに

2021年10月16日に東京芸術劇場で聴いたヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団の第1939回A定期演奏会のニルセン「交響曲第5番」、28日に東京オペラシティコンサートホールで聴いたラファウ・ブレハッチ(ピアノ)独奏のショパン「ピアノ・ソナタ第3番」。最初は別々にレビューするつもりだったが、ブロムシュテット指揮のB定期(27日サントリーホール)を長時間拘束のコンクール審査のために見送ったこともあり、両者に共通して感じた部分を書いてみようと思う。


N響定期の前半はレオニダス・カヴァコス独奏のブラームス「ヴァイオリン協奏曲」。指揮のキャリアもあるカヴァコスは94歳のマエストロの微妙なテンポ、リズムの乱れを修正しながら弾き進むため、リサイタルほど本領を全開できたわけではない。それでも、核心だけをひたすら見つめ、次第に熱を帯びていく有機的な音楽づくりの妙は味わえた。ライヴとは不思議なもので、第3楽章大詰めのカデンツァあたりで全てが噛み合い、N響の音が一変した。オーケストラがフル回転を始めたところで、ブロムシュテットのルーツである北欧音楽の驚くべき名演奏が出現した。新しい首席、村上淳一郎が積極的にリードするヴィオラ・セクションの雄弁、クラリネットの松本健司、フルートの神田寛明ら管の首席奏者の巧みなソロなどオーケストラ側の全力投球も得て、ニルセンがたっぷりの陰影とともに、極上のシンフォニーとして輝く。アメリカ生まれのスウェーデン人、70年近く指揮者を続けてきたマエストロの体内に脈々と流れるヨーロッパの音楽史、北欧文化のアイデンティティーが滔々と溢れ出て、すっかり若返ったN響の楽員たちを猛烈な勢いで巻き込んでいく様が凄かった。


ブレハッチは前半にJ・S・バッハ「パルティータ第2番」、ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第5番」「創作主題による32の変奏曲」とハ短調作品3曲、後半にフランク「前奏曲、フーガと変奏曲」、ショパン「ピアノ・ソナタ第3番」とロ短調作品2曲を弾いた。1985年生まれの36歳、2005年ショパン国際音楽コンクールの優勝者だ。大きな手に恵まれ、ピアノから実に美しく深い音、響きを自然に引き出し威圧感を全く感じさせない。故郷の「教会のオルガンの響きを基本に発想する」というバッハの奥行き、キリッと引き締まったベートーヴェンの造形、フランクの繊細に色合いが移ろう歌い回しのそれぞれが魅力的ながら、ショパンの説得力は別格だった。テンポは早く一気呵成といえるのに、ショパン自身が新作を弾く現場に立ち会うかのような驚き、ときめきが随所に散りばめられ、果てしないニュアンスの泉に吸い込まれた。今年のショパン・コンクール配信で若者たちの優秀な演奏解釈を大量に聴いた直後だけにブレハッチの個性、優勝後16年の精進の軌跡もまた、一段と鮮明に浮かび上がる。同時に、ここでもヨーロッパの音楽伝統の揺るぎなさ、それを体内に受け継ぐ演奏者ならではの味わい、多層的な表現、強いメッセージを感じずにはいられなかった。

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