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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

カンブルラン、お見事! ハプスブルク崩壊「可視(聴?)化」のラ・ヴァルス


読売日本交響楽団とフランス人常任指揮者シルヴァン・カンブルランは昨年11月、メシアンの大作オペラ「アッシジの聖フランチェスコ」全曲日本初演(演奏会形式)の大難産、大成功を経て音と響きの出し方、表現の踏み込みが一段と鋭くなった。9月28日、サントリーホールでの第581回定期演奏会は、そうした「攻め」の姿勢を象徴する名プログラムだった。ペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」、諏訪内晶子を独奏に迎えたシマノフスキの「ヴァイオリン協奏曲第1番」を前半、オーストリアの現代作曲家カール・フリードリヒ・ハース(1953〜)の「静物」(2003年、カンブルラン指揮南西ドイツ放送交響楽団=当時=が世界初演)、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」を後半とするメニューが意味するものは? 


答えは両端の作品に潜んでいる。1914〜18年の第1次世界大戦は大量殺戮兵器が投入された初めての戦いであり、多くの犠牲者を出しながら400年以上続いたハプスブルク帝国の終焉、ロシア革命など社会体制の急激な変化をもたらし、深く大きなトラウマを残した。歴史の皮肉はトラウマがさらに次の大惨事、第2次世界大戦の導火線となり、人類史上初の核兵器が広島、長崎に投下された。「ラ・ヴァルス」は第1次大戦に志願・従軍しながら満足のいく貢献ができず、心に深い傷を負ったラヴェルが1919〜20年に作曲。ヨハン・シュトラウスII世の余り有名ではないワルツ「美しい五月」を下敷きに、華やかな舞踏会の空間に暗雲が徐々に垂れ込め、不安と逃避が一体になった熱狂が狂気へと至り、すべてが崩壊する。月並みな演奏だと、いきなりフランス音楽的に処理され、なかなか冒頭のウィーンの香りをきけないのだが、カンブルランは甘美なシュトラウス・ファミリーの感触を先ずは際立たせ、だんだん棘をはらんだ音響へ導き、狂乱のクライマックスを一思いにたたんでみせた。楽員との美意識、方法論の共有も完璧で、ここ一番の場面でそれぞれが自己を思いっきり解放、鮮やかな色彩が弾けてホールいっぱいに広がって行く快感は今まで、日本のオーケストラからなかなか聴けなかった類のものだ。


シマノフスキにおける諏訪内のソロはカンブルラン、読売日響と完全に意識を共有しており、今までに聴いた彼女のベストにも思えた。アンコールにイザイを選ぶセンスにも、確かな時代意識を感じさせた。音響の緊張が20分間も延々と続くハース作品はラヴェルやシマノフスキ、広島の人々が体験した悲しみ、傷みの根源が今日なお、世界を覆っている状況を克明に反応していた。私の前の席で聴いていたユベール・スダーン氏のお気には召さなかったようで時々首を左右に振ったり、聴衆の熱狂に首を傾げたりしていたのが可笑しかった。


私事。この日は自分が37年6ヶ月勤務した新聞社へ出社した最後の日だった。高校2年生だった1975年9月1日、FM東京のプロデューサーだった東条碩夫さんが企画した武満徹への同局委嘱新作「カトレーン」の世界初演(東京厚生年金会館大ホール)、小澤征爾指揮新日本フィルハーモニー交響楽団の特別演奏会を聴きに出かけた。ラヴェル生誕100年でもあったため、後半には「優雅で感傷的な円舞曲」「ラ・ヴァルス」「ボレロ」が1つの交響詩のように切れ目なく演奏され、「世界のオザワ」の輝かしさに圧倒された。自分にとって、「ラ・ヴァルス」を追い続ける人生最初のページ。43年後、格段に技倆を向上させた日本のオーケストラの「ラ・ヴァルス」を奇しくも同じ9月、還暦3日後に聴き、ひとつの輪が完結した。開演前のロビーでばったり、今も音楽評論家として健筆を振るわれている東条さんと遭遇したのも、なんか象徴的。セレンディピティ、という言葉を思い出した。

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