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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

アッシャー家の恐い音がした「試補筆」


ピアニストで文筆家の青柳いづみこが2018年のドビュッシー没後100年の終わった途端、2019年の「エドガー・アラン・ポー生誕210年」に食らいつき、「ドビュッシー最後の夢 未完のオペラ アッシャー家の崩壊」(コンサート形式による試補筆上演)を1月11日の昼夜2回、富ヶ谷のHakuju(白寿)ホールで企画・出演した。ドビュッシー自身が1909年と10年、16年の3度にわたって台本を書きながら、全体の半分しか作曲できず、完成に至らなかったトルソー。過去何人かの作曲家が補筆に挑んだ。今回、青柳は東京藝術大学とパリ国立高等音楽院で作曲などを学び、フランス語堪能の市川景之に補筆を依頼した。市川は「音楽における恐怖への前進」と題したプレトークで、「試補筆」とした理由を問われ「ドビュッシーに手を入れたり書き足したりすること自体、おこがましい」と謙遜する一方、「他の補筆を一切聴かず、ひたすら16年の台本(1幕2場)だけを頼りに、恐怖の音を追加した」とのプロセスを説明した。続けて演奏されて、違和感のない仕上がりだった。


ロデリックの松平敬(バリトン)、マデリーヌの盛田麻央(ソプラノ)、医者の根岸一郎(バリトン)、友人の森田学(バス)の歌手は演奏会形式にもかかわらず、それぞれのキャラクターになりきり、緊迫感あふれる時間を創出して見事。ピアノは青柳、市川の1台4手連弾で当然、ドビュッシーの語法や作品の持ち味を深くとらえた音の舞台設定に仕上げた。ドビュッシーは「書けば書くほど、ワーグナーの影響が出てしまう」(青柳)自身の作曲に行き詰まったとも、ポーの怪奇小説の音楽劇化に手を焼いたともされるが、もしシアターピースやCGを駆使したイリュージョンシアターなど、21世紀の劇場表現に出会っていたら、「アッシャー家」を完成させられたのではないかとも思った。ホラーオペラの新機軸か?


前半は青柳独奏の「スケッチ・ブックから」で始まり、盛田独唱の「ビリティスの歌」、根岸独唱の「眠れない夜」が青柳の伴奏、カプレが交響詩「海」を2台ピアノ6手に編曲した版の日本初演が森下唯、田部井剛、青柳のピアノで披露された。青柳の解説は堂に入っていたし、それぞれの演奏も素晴らしかったが、昼の部の場合、14時開演で前半が15時過ぎまでかかり、後半の終了は16時15分と、欲張りすぎの感は否めない。日ごろの研究、それを折に触れて出版してきた才人ゆえ、青柳の表現したい世界が無尽蔵に広がっていくのは致し方ないとして、「アッシャー家」に注がれるべき眼差しを薄めた結果は、少し残念だった。

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