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  • 執筆者の写真池田卓夫 Takuo Ikeda

かてぃん=角野隼斗とオルソップ、ポーランド国立放送SOが奏でた真心の音楽


ありそうでないキャスティングのツアー

2022年9月8日のサントリーホール。満席の聴衆と舞台上の音楽家たちの心が1つとなり、温かな雰囲気に満たされた素敵な一夜だった。永田音響設計(の豊田泰久さん)がサウンドデザインを担当したカトヴィツェのコンサートホールを本拠とする、ポーランド国立放送交響楽団ひさびさの来日は正直、オーケストラでも指揮者のマリン・オルソップでもなく、YouTuber「かてぃん」(2022年6月時点で登録者数100万人、総再生回数1億回を突破)こと角野隼斗をフィーチャーした「協奏曲ツアー」だと思っていた。確かにピティナ(全日本ピアノ指導者協会)ピアノコンペティションの特級グランプリ受賞者、2021年の第18回ショパン国際ピアノコンクールのセミファイナリスト…と、クラシックのピアニストとしても第1級のスペックを備えつつ、優れた知性で独自の解釈を極める角野の魅力は際立っていた。本編のショパン「ピアノ協奏曲第1番」では決して弾き急がず、時には聴こえなくなる寸前まで音量を絞り、弱音の側から音楽を組み立てていく姿勢で「角野ワールド」の魅力を全開させた。オルソップもソリストの世界を尊重、息のぴったり合った管弦楽で応えた。演奏が終わった瞬間に客席は総立ち、アンコールのガーシュイン「スワニー」がさらに興奮を盛り上げた。


日本のオーケストラとの共演でも何度か目撃したが、かてぃんファンの良さは角野の出番が終わった後も帰らず、オーケストラの演奏を心から楽しむ姿勢にある。後半、ブラームスの「交響曲第1番」は東欧系の温和でくすんだ響きの弦と、楽譜に忠実というより、そこから受けたインスピレーションで「自分の歌」を吹く管楽器ソロの味わいとが美しく噛み合い、明確なアイデンティティーを主張した。オルソップは女性指揮者史上初のブラームス交響曲全集(ロンドン・フィル)をナクソスに録音している。非常にオーソドックスなアプローチながら、フレージングや和声感のちょっとした部分に男性指揮者では聴けないニュアンスを漂わせ、良い意味でのジェンダー(性差)の利点を感じさせる名演だった。今回もテキパキした指揮の随所から繊細な響きが立ち上り、角野のショパンとの美意識の一致を思わせた。着地の瞬間、驚くべきことに角野のショパンに匹敵するか、ひょっとしたら上回るほどの熱狂的拍手とスタンディングが現れ、聴衆がオルソップとポーランド放送響の「ブラ1」に心から魅了された実態を明らかにした。


演奏会冒頭のバツェヴィッチ「オーケストラのための序曲」と対をなすように、アンコールはモシューシコの「歌劇《ハルカ》」から「第1幕の《マズルカ》」と「第3幕の《高地の踊り》」の2曲。ポーランド音楽のプレゼンテーションにも抜かりはなく、非常に後味の良いコンサートだった。

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